第10話 残り香

 第二墓地は高い石垣に囲まれている。門を潜り敷地に入ると、中にはお墓を囲うようにして木々や薔薇の生垣が植えられている。

 僕はその間を通り抜けながら、敷地の隅にある小さな教会へと進んでいった。


「教会の中は僕が掃除して綺麗にしていますけど、神父しか立ち入れない部屋はそのままにしています。ひとまず、祈りを捧げる部屋はすぐに使えると思うので確認してください」


 僕は教会の扉を開きながら、後ろにいるクラウディ神父にそう声をかける。


「分かりました。ありがとうございます」


 クラウディ神父はそう言って、教会の中へと入っていった。中は薄暗く、様子を伺うのは難しかった。


「無事に張れると良いんだけど……」


 この墓地に、最後に結界が張られたのはだいぶ前のことだ。僕はもしも張ることが出来なかったらどうしよう、と不安に思いながら外で埋葬に使う薔薇の花を積んでいた。

 すると、清涼とした風が周囲に吹くのを感じた。同時に墓地の奥にいたアンデッドが消滅していくのが見える。どうやら、結界は無事に張れたようだった。


 教会の扉が開き、中からクラウディ神父が出てくる。顔には少しの疲れが見えたけど、他は大丈夫そうだった。そのことに、僕はホッとする。


「お疲れ様です。騎士様は僕が出迎えるので、その間少し休んでいてください」


「スフェン君ありがとうございます。ですが、その必要はなさそうですよ」


 クラウディ神父の言葉に僕は首を傾げるが、彼の視線の方向に目を向けると、騎士様達がこちらに向かってくるのが見えた。その後ろにはケインの姿も見える。


「アズウェル様、ご足労頂きありがとうございます。埋葬式の準備はすでに終えていますがどうされますか?」


「すぐに行おう。案内してくれるか?」


「かしこまりました」


 僕が摘んだ薔薇を受け取った騎士様達を連れ、クラウディ神父は教会へと向かう。これからの流れとしては、個人の追悼や讃美歌、祈りの後に埋葬の順番だ。僕の役目がくるまでは少し時間がかかるため、僕と同じく外で待っているケインに声をかける。


「ケイン、どうしたの?朝は寝てたのに、ここまでついてきて」


「俺は、俺に出来ることをする為に、ここまできただけだよ。亡くなった兵士は俺と歳も近かったみたいだし、ほっとけなくてさ」


「そうなんだ」


 ケインが言う、出来ることってなんだろう?横に立つケインの顔を見上げながら僕はそう思う。僕は、思ったよりケインについて、何も知らないのかもしれない。


 しばらくして教会の扉が開き、中からクラウディ神父達が出てくる。いよいよ、僕の出番だ。


 僕とクラウディ神父を先導に、亡くなった兵士のための墓に向かった。墓は石で出来ており、質素だがどこか温かみのある形をしている。その前には深い穴が掘ってあり、ぱっくりと黒い口を開けていた。


「棺をここへ」


 クラウディ神父がそう言うと、騎士様の後ろにいた兵士達が、棺を持って前に出てくる。その一人を見ると、騎士様の使いで家にきた彼がいた。

 騎士様達が穴の中に棺を置き、花を投げ入れるのを見届けると、僕は横に立っていたクラウディ神父に視線を向ける。

 クラウディ神父は僕に頷くと棺の上に土を数回かけ、次に僕が棺が完全に隠れるよう丁寧に土をかけていく。

 土がかかるたび、姿が見えなくなっていく棺を騎士様達は黙って見ていた。


  土を被せ終わり埋葬式が終わりを迎えた頃、あたりに強い風が吹く。僕達は思わず目を瞑り、少しして目を開けると、そこには突き抜けるような青空一面に白い薔薇の花びらが舞っているのが見えた。

 心が吸い込まれるような美しい光景だった。


「どうして……どうして死んでしまったんだよ」


 その幻想的な光景に心を奪われていると、後ろから小さく震える声が聞こえ僕は振り返る。そこには、先ほどの彼が泣きながら空を見上げていた。


「妹に会えなくなるのが怖いって言っていたじゃないか!次の休みには土産を持って帰るって嬉しそうに言っていたじゃないか!どうしてあの時俺を庇った?!どうして……!本当に生きたかったのはお前だったのに!!」


 そう言って彼は泣き崩れた。誰も声を掛ける人はいなかった。……いや、掛けれなかったんだ。同じように痛みを抱えている人、傷つくのが怖くて躊躇っている人、僕のように言葉が見つからない人。

 誰も一言も言い出せないまま、風が木々を揺らす音だけが辺りに響いていた。


 僕は、僕はこの人のように……、村のみんなや両親を悼んであげることが出来ていただろうか?僕にはその自信がなかった。


 生きていく為にこの仕事を選んだ。それに村のみんなを弔うためと理由をつけた。じゃないと、身寄りのない僕は飢えて死んでしまうから。……でも、それは、本当にみんなを見送ったことになるのか?

 みんなの亡骸を埋めた、自分の両手を見つめてみる。でも、答えは出ない。


 そこにあるのは、一枚の白い花びらと少しの花の残り香だけだった。


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