第11話 シロツメクサと兵士

「では、私達はそろそろ行くよ」


 馬の手綱を引きながら、騎士様はそう言うと僕の頭を少し撫でてから村の門に向かう。機嫌が良さそうに馬が嘶いた。


「はい、道中お気をつけて。またのお越しをお待ちしております」


 騎士様に向かって僕は頭を下げる。視線の先にはシロツメクサが咲いていて、身を寄せ合って風に揺れていた。


 門を出て騎士様達は去っていく。次にこちらに来るのは秋の収穫祭だろう。ふと最後尾に注意を向けると、あの時泣いていた彼を見つけた。僕は思わず声をかけてしまう。


「あの、兵士さん」


 僕の声に驚いて立ち止まり、こちらに顔を向ける彼に、僕は少し言い淀む。口を開こうとすると、舌が乾き動悸で胸が苦しい。


「亡くなった兵士さんが最後に何を思ったのか僕には分かりません。でも、きっと貴方を悲しませたかったわけじゃないと僕は思う。死ぬつもりだってなかったかもしれない。……だから、また彼に会いに来てくれますか?次は、妹さんも連れて」


 見当違いなことを言っていたらどうしよう、傷を抉るようなことを言ってしまったかもしれない。でも僕は、一人で残されていく亡くなった兵士の墓標を思い出して、声をかけずにはいられなかった。


 僕に何か話そうとして口を開け、閉口する彼は、空を見上げて深呼吸すると僕に向き合った。


「わかった約束する。すぐには難しいけど、必ずまた来るよ。あいつに会いに」


 感情を絞り出しながらそう話す彼は、涙を堪えた顔をくしゃくしゃにしながら笑っていた。




 騎士様達を見送った晩、僕はケインとワインを片手に微睡んでいた。今日は特別疲れた。少しの贅沢は許されると思う。


「そういえばケイン」


「ん?なんだ」


 僕は昼間の墓地での突風を思い出し、ケインに尋ねる。あれは、明らかに自然に発生した風としては変だったからだ。


「昼間の突風ってケインの仕業?」


「ああ、俺の祝福で起こしたんだよ。粋なもんだろ?」


 悪戯が成功した子供のように、しっしっしっと笑うケインに僕は蹴りを喰らわす。ちょうど脛あたりにいいのが入ってケインが悶える。


「なんっ!?なにするんだスフェン!」


「ちょっとイラッとして」


「牛乳飲んでないからだろ?背も小さいし」


「……いまなんて?」


 僕の地雷を踏み抜いたケインにさらなる鉄槌を下すべく、仕事道具のスコップを取りに動く僕と、それを察知したケインによって、その日の夜は大運動会が行われたのだった。



 次の日、暖かい日差しとふんわり香ってくる花の香りを愉しみながら、僕は畑の雑草を抜いていた。たまに生えているハーブは今日の夕飯に使うつもりだ。


「あっ」


 ぶちっぶちっと雑草を抜いていると、シロツメクサが少し顔を出してきた。


「ねぇ、ケイン」


「ん、なんだ?」


 隣で鍬を片手に汗を拭っていたケインに声をかける。


「シロツメクサの花言葉って知ってる?」


「いや、知らないな。子豚のエサとかか?」


 あまりに洒落っ気のない返答に僕はため息をつくが、ケインのそういうさっぱりとした所はいつものことだ。


「約束だよ」


 今よりもっと小さい頃、母さんが教えてくれた。隣では父さんが笑っていて頭にシロツメクサの花冠を乗せていたっけ。


 両親との記憶は思い出すと今でも苦しいし、会えないのは寂しいけど、「物知りだなぁ」と隣で感心しているケインを見てると、いまの暮らしも好きだなと僕は思った。

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