第12話 『遠雷』の日


 6機のエンジンを持つ大型の輸送機2機がヴェネジアの港のそばの航空基地に着陸した。

 輸送機の積んできたヴァンダーファルケが次々に降ろされ、待ち受けていた輸送車両に乗せられて輸送船の待機する岸壁へと走り出す。

 『遠雷』の名を冠されたこの作戦では、機材は輸送船で運ぶがパイロットは潜水艦に分乗する手はずとなっている。

 理由は、第一にヴァンダーファルケが潜水艦に積載できないこと、第二にヴァンダーファルケは替えが効くが育成に時間のかかるパイロットたちの替えが効かないというのが理由だった。

 ヴァンダーファルケを積んだ輸送車両が続々とヴェネジアの港へと入っていく。

 そこには連合王国の輸送船に似せた商船が数隻停泊していた。

 輸送車両が船に横付けするように岸壁に停車。

 1機ずつコンテナに積み込まれたヴァンダーファルケをクレーンで積み上げ輸送船の甲板に敷き詰めていく。

 その作業も一時間半余りで終わった。

 輸送船にはためく軍旗は帝国の紋章たる鉄十字ではなく王室海軍の軍旗だ。


 『レーベレヒト・エルンハルト少佐より、作戦司令部へ通達。準備は完了した』

 『作戦司令部、了解。これより【遠雷】作戦を第2段階へと移行。陽動部隊、制圧部隊、奇襲部隊は直ちに作戦を開始せよ』

 

 この作戦の参加兵力は以下の通りで

 

 ・陽動部隊  国防海軍地中海方面軍2個駆逐隊駆逐艦8隻

 ・制圧部隊  

 第1群 国防海軍航空隊1個大隊、国防空軍第2航空艦隊第2中隊、国防空軍第4降下猟兵師団より2個連隊。

 第2群 帝国国防軍直属第701試験戦闘団、バルカン半島沿岸警備隊2個中隊、海軍地中海方面軍輸送部隊、海軍第33潜水隊群よりIXD型潜水艦6隻


 陽動部隊が、アドリア海を抜けて西進し敵部隊の目を集める。

 それと同時に、制圧部隊の戦闘機部隊で陽動部隊上空の制空権確保を行いつつ、降下猟兵師団によるアドリア海周辺から黒海に至るまでの敵勢力の持つ航空基地を制圧し無力化。

 第2群への敵の目をそらすために航空基地を占領するのが目的となっている。

 第2群を敵部隊から守ることが第2段階での目標だ。

 作戦開始の指示のもと、各部隊の任務行動が一斉に始まった。

 ヴェネジアの港に停泊していたソルダティ級駆逐艦をはじめとする8隻が次々に出港し始める。

 ベルーツォ式ギヤードタービンが駆逐艦に推進力を与え加速していく。

 空軍部隊も次々に作戦行動を開始した。

 夜半、アペニン半島(サルディニア王国本土)の東側、アドリア海、イオニア海沿岸の航空基地上空には多数の落下傘が舞う。

 前線拠点的な航空基地ではなく前線後方の航空基地だ、警戒もそこまで厳しいものではない。

 前段階の準備とし降下の始まる前に現地の帝国軍を支援する組織によって各地で電話線が寸断されていた。


 「降下時の損害はあるか?」


 作戦行動前に部隊の指揮官が小声で各小隊ごとに点呼をとるように命じた。

 どうやら、着地に失敗した兵数は10本の指にも満たないらしい。


 「事前の打ち合わせ通り、第1中隊、第2中隊で兵舎、第3中隊、第4中隊で格納庫にあたれ」


 小隊ごとに纏まっていたの移動するうちに各中隊ごとの纏まりへと変わった。

 基地内に侵入すると歩哨の喉笛を斥候の兵士が切り裂いた。

 敵の監視の目を潰すと、そのまま目的とする兵舎や格納庫を目指す。

 兵舎にいるパイロットたちの身柄を押さえることで基地を無力化するのが狙いだった。

 基地があっても機体に乗るパイロットがいなければ、航空基地は存在したところで意味がない。

 小銃を一連射した後、起きてきたパイロットに対し


 「降伏せよ。すでにこの基地は、帝国が接収した。おとなしく降伏する場合は、その命を保証する」


 寝起きでろくな抵抗を見せないまま、ほとんどのパイロットが捕虜となった。

 格納庫では、機材の破壊が行われ航空基地としての能力は、大きく損なわれた。

 その後、パイロットらを人質に管制施設も占拠し基地を無力化する。

 沿岸部の航空基地では、同時刻に帝国軍によって基地を制圧された。

 そのために、組織的な抵抗を見せた基地は無かった。

 作戦司令部にある戦況を示す地図には、沿岸部の各所に帝国の軍旗が置かれていた。 


 ◆❖◇◇❖◆


 「水上レーダーに感あり」


 肉眼では、暗い海の上を進む味方艦艇を捉えることさえ難しいが、レーダーにはしっかりと味方艦艇も映り込んでいる。


 「距離と数は?」

 「距離22000、数4隻」


 イオニア海までの制海権は、第16試験飛行隊によって奪取していたがそこから外の制海権は、とれていない。


 「了解した。距離14000で30度に変針」


 敵艦隊に先んじてT字を描くのだ。

 それにより優位な態勢のまま数的不利を抱える敵艦隊に対し、一方的に射撃を集中させることになる。


 「敵艦、増速」


 レーダーマンの報告に対しソルダディ級駆逐艦「アルティリエーレ」艦長のアイヒマン・バルクホルン中佐が力強く頷いた。


 「『タンホイザー』に下令、最大戦速。敵の気の変わらないうちに距離を詰めて叩く」


 8隻のうち一個駆逐隊4隻が速度を上げて前方へと突っ走る。

 騎士を意味するタンホイザーの言葉にも劣らない速度だ。

 出し得る最大戦速は38ノット。

 

 「レーダー射撃の命中精度を知っての突撃だろう」


 西の海上を艦橋からアイヒマンは睨むがそこにはただ暗い海が横たわるだけだ。

 レーダー射撃は、制度が良くないため距離を詰めての攻撃が一般的だ。

 

 「敵との距離、14000!!」

 「了解、『フライクーゲル』各艦一斉変針」


 突撃中の一個駆逐隊も含め8隻が一斉に変針する。

 先んじて突撃した一個駆逐隊を含め2つのT字を描いた。


 「敵艦、変針。『タンホイザー』に引き付けられてます」


 8隻を4隻ずつに分け敵と数を同じにしたため同数なら数的不利を補えると判断したのか敵は『タンホイザー』の進路へと変針する。


 「『フライクーゲル』各艦、最大戦速!!敵の横っ腹に突撃する!!」


 撃ち放たれた弾丸のように4隻の駆逐艦が夜の海を東に突き進む。


 「『タンホイザー』より通信、我、攻撃を開始せり」


 西の海域では、ところどころマズルフラッシュにより明るくなっていた。

 そして明るくなったところには艦影が映し出される。


 「各艦、右砲戦用意!!」


 近づくにつれて敵の艦影が鮮明になる。


 「そろそろだな。隠忍自重もここまでだ。砲撃始め!!」


 右舷側の海面が炎を反射して赤く染まる。

 ソルダディ級駆逐艦の搭載する主砲、50口径12cm Model1936 5門が一斉に射撃を開始したのだ。

 砲撃音が耳朶じだを撃ち発射に伴う衝撃は艦体を突き上げる。


 「レジオナリオ、ミトラリエーレ、ヴェリーテ撃ち方始めました」


 各艦が2基の連装砲と1基の単装砲から発射炎を轟かせる。


 「本艦の射弾が狭叉きょうさを得ました」


 砲術の報告にアイヒマンは満足げな表情を見せた。

 

 「一斉射目から狭叉を得たのなら十分だ。次は当てろよ」


 最初の射撃から敵艦のそばに着弾させたのだ。

 再び衝撃が駆け抜ける。

 そして―――――敵駆逐艦から火柱が上がった。

 撃ちだされた5発のうち1発が魚雷発射管に命中したのだ。

 炸薬量の多い魚雷に命中すれば、駆逐艦はおろか巡洋艦であっても致命打だ。


 「め、命中っ!!」


 火柱を上げた敵艦は、そのまま折れるように海中へと没していく。


 「目標、敵2番艦」


 距離を詰めたことにより味方の駆逐艦による射撃は制度を増していた。


 「敵艦、変針。一斉回頭の模様!!」


 全滅を避けるためなのか3隻となった敵駆逐艦が一斉に踵を返した。


 「逃すな、砲撃続行」


 『タンホイザー』、『フライクーゲル』の8隻が食らいつくように撤退する敵駆逐艦の後を追う。

 敵の駆逐艦よりもソルダディ級駆逐の方が優速なのだ。

 8隻、40門から撃ちだされル射弾は、敵駆逐艦を2隻落伍させた。


 「敵2番艦、行き足が止まりました」

 「敵3番艦、沈黙」


 しかし、突然「アルティリエーレ」に並走するような形で突撃していた「ヴェリーテ」が大爆発を起こした。


 「ヴェリーテ、轟沈!!」

 「どうなっている状況を知らせろ!!」


 爆発四散というに等しい形で消えた「ヴェリーテ」の生存者は、望めない。


 「わ、わかりません」


 そのとき、見張り員とレーダーマンが同時に叫ぶように報告した。


 「雷跡多数確認!!」

 「新たな敵をレーダー上に確認。大型1、中型1、小型4!! 距離24000」


 大型は、おそらく重巡洋艦で中型は軽巡洋艦、小型は駆逐艦だろう。


 「24000からの砲撃は、まず当たらない。敵魚雷だ!!」

 

 このタイミングでの魚雷到達からしておそらく3隻分の魚雷だ。

 敵の駆逐艦のタイプまでは判然としないが一般的な王室海軍ロイヤルネイヴィーの駆逐艦なら53.3cm4連装魚雷発射管2基を搭載しているから単純計算で魚雷24本。

 

 「各艦へ通達しろ。魚雷へ警戒しろとな」


 アイヒマンは口角泡を飛ばして命令した。


 「前方より雷跡4!!」


 見張り員が報告した。


 「艦首を立てろ!!」


 艦首を立てることによって魚雷の被雷確率が下がる。


 「雷跡、本艦の両脇を抜けました」


 その報告にアイヒマンを含め艦橋内の全員が安堵の息を漏らす。


 「引き続き、警戒を怠るな」


 その後しばらくの間、7隻の駆逐艦には何の異変も起きなかったことでアイヒマンは魚雷を回避しきったと判断した。


 「新たな敵との距離は?」

 

 魚雷を避けている間に敵との距離は詰まっていた。


 「距離、16000」

 「了解した、『タンホイザー』、『フライクーゲル』の全艦に下令。右雷戦用意」


 敵艦隊に対し転舵して右舷を向ける。


 「魚雷発射始め!!」


 駆逐艦7隻から合計42本の魚雷が放たれた。


 「各艦、回頭。これより戦闘海域から離脱する」


 これ以上的との距離を詰めては、今度は駆逐艦7隻が刈られる番になってしまう。

 その場に留まり魚雷の命中を確認することなく7隻の駆逐艦は海域を後にしていく。


 

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