第13話 『遠雷』の日2

 『作戦司令部より第701試験戦闘団へ通達、制海権の奪取、および主要飛行場の占領に成功せり』


 陽動部隊の作戦行動により敵の監視の目をかいくぐり、6隻の潜水艦に分乗した第701試験戦闘団は東へと進んでいた。

 

 「明日の夜、いよいよ作戦の最終段階に突入するわけですが」


 と、潜水艦艦長は前置きをした。

 階級は少佐でエルンハルトと同じだ。

 通常では大尉が潜水艦艦長を務めるわけだが彼は第32任務部隊の作戦参加艦艇の司令官でもあるため階級は、他の潜水艦艦長よりも一つ上となっている。

 長距離の航海を目的に設計されたIXD型潜水艦は、航続距離が長く速度も他の潜水艦に比べれば優速でアドリア海から黒海までおよそ2日で到達することができる。


 「作戦の打ち合わせを再度しておこうかと」

 「そうですね。連携作戦は初めてなので不安な点は多いですからね」


 卓上に置かれた航海図には、作戦の詳細を記した便せんがいくつも貼られている。

 それはこの艦長の性格も理由としてあるのだろうが、入念な確認、正確な情報、そしてそれらに基づいた思考こそが任務につながるのだ、何一つとっても欠かすことはできない。


 「明日の夜半、我々は黒海へ突入しオデッサの軍港の沖合、25㎞にて浮上します」


 オデッサの港に強襲揚陸をするのが一番、701試験戦闘団にとっては最適なのだが周辺には敵基地が点在しているために作戦が終わるまで保持し続けるのは難しかった。

 そのために沖合で偽装輸送船へと乗り換えてからの出撃となった。


 「そこで貴官らには乗り換えていただき、午前1時半の出撃を予定しています。オデッサ、キシニョフへの攻撃にかかる所要時間はどれほどですか?」


 オデッサは、港湾部から少し奥に入ったところに集積されている燃料集積地を焼き払い、キシニョフは連邦軍の南方方面軍司令部と鉄道網の破壊を行うのが任務の内容となっている。


 「オデッサまでは10分、オデッサからキシニョフまでが大凡150㎞なので30分強。攻撃するのにかかる時間を足せば、出撃地点への帰還までが、100分といったところです」


 ヴァンダーファルケの滞空可能時間は、通常60分が限界だが大型増槽の装備によって滞空時間は飛躍的に増加していた。

 さらに増槽の装着によって落ちる速度を、ブースターの搭載で解決していた。

 


 「我々は、基本的には出撃地点に留まり続けますが万が一の場合もあることを考慮してもらえれば助かります」


 万が一の場合というのは、おそらく敵艦艇と遭遇した場合ということなのだろう。

 黒海からは、すでに友軍の艦艇は退却していて制海権は帝国軍側にはない。

 

 「了解です。出撃地点付近で海水浴でもしていますよ」


 ヴァンダーファルケは、機体の各所に燃料タンクが内蔵されているため燃料がなくなった後は大きな浮袋になるのだ。

 そうやって冗談を言うと艦長との間に流れていた出撃前の独特の緊張感が弛緩した。


 「浮袋に穴が開いてないことを祈りますよ」


 少佐は笑いながら、そう返した。

 被弾しないことを祈るということなのだろう。

 そのとき、艦内の空気が変わった。


 「敵艦艇と思われる反応を探知しました!!」


 黒海に入る前には2か所の海峡があって場所は、その1つ目だ。


 「艦長より通達、輸送船を後ろに下げろ」


 偽装輸送船とは言え、中を改められれば作戦の遂行が不可能になるどころかヴァンダーファルケという重大な軍事機密を無傷のまま敵に鹵獲されてしまうことになるのだ。

 それだけは避けなければならなかった。


 「各艦は、深度80まで潜航せよ。潜ってやり過ごす!!」

 

 ◆❖◇◇❖◆


 「探深音を確認」


 艦内には、張り詰めた空気が漂っている。

 その理由は、頭上で対潜哨戒をしている敵艦船にあった。

 哨戒から逃げるようにバラストタンクに注水して沈降する潜水艦。


 「これで敵のレーダーからはロストしているはずだ」


 少佐が、艦内の人間を落ち着かせるように小声でそう言った。

 もし敵の発見を受け、爆雷を投下されれば絶えず激しい爆圧に翻弄され生きた心地もしないだろう。

 これは、あくまでも命中しなかったときの場合で命中すれば言うまでもなくそこにあるのは死だ。


 「探深音から距離を推定、距離1500」

 「なに、安心しろ。奴らは、まともな水中用レーダーを積んじゃいないさ。ジョンブルが支援していれば別の話だがな」


 少佐は、続けてそう言った。

 黒海の制海権は、少し前まで帝国海軍が握っていて敵の艦船は鹵獲または破壊していた。

 黒海の制海権を奪い返したばかりの敵に十分な艦艇を保有する時間などなかっただろう。

 対潜哨戒を行う敵の艦艇2隻は、駆潜艇と考えるのが妥当だった。

 駆潜艇であれば装備する爆雷の数も駆逐艦ほどじゃない。

 それに加えて、連邦のレーダー技術は乏しく、高い性能は望めない代物だ。

 ないよりはマシという程度で連合王国製のレーダーでも積んでなければ、まず急速潜航した潜水艦の発見は不可能だろう。


 「スクリュー音、頭上を通過中」


 ソナー員が、ヘッドセットを耳に当て敵艦艇を観測する。


 「敵は、駆逐艦または駆潜艇と推定」


 しばらくの間、艦内を沈黙が支配する。

 誰もが見つからぬようにと上を見上げながら祈っているのだ。


 「敵艦、引き返します」


 ふうっと誰ともなしに息をついた。


 「各艦に通達、5分後に浮上せよ。移動を再開する」

 「敵の積んでるレーダーなんてわからなかったですけどね」


 少佐は、そう言って笑った。


 「この辺だって、連合王国や合衆国の艦艇がうろついてることもありますから」


 地中海の制海権はすでに、帝国海軍には無いのだ。

 盟邦サルディニア王国が連合軍に対し無条件降伏を単独で申し入れ降伏して以降、サルディニア王国海軍の保持していた制海権は、そっくりそのまま連合国側のものとなってしまったのだ。


 「命拾いしましたね」

 「心配をかけて申し訳ない限りです」


 そして6隻の潜水艦と2隻の偽装輸送船が海峡へと突入した。


 ◆❖◇◇❖◆


 「各員、移乗せよ」


 潜水艦が輸送船のすぐそばに浮上し、輸送船の船側の鉄梯子を登っていく。

 深夜の海を探照灯で照らすわけにもいかず、船員の持つ電灯のわずかな光を頼りに移乗する。

 内海で穏やかだからこそできることだった。

 甲板に着くと、それぞれの機体へとパイロット達が箱の中へと入っていく。

 積み込み時のの都合上、上部が筒抜けになったようなコンテナに機体が入っているのだ。


 「第2中隊、各機準備完了」

 「第3中隊、出撃準備完了」

 「第4中隊、準備よし」


 時計は午前一時を示していた。


 『アナリーゼ中尉、第1中隊問題ないな?』

 『えぇ、意気軒高ですわ』


 北の空は、街明かりなのかほんのわずかに明るい。

 そこに最初の目標地点、オデッサがあるのだ。


 『隊長機より各機、これから作戦の総仕上げだ。出撃!!』

 『『了解!!』』


 ヘッドセットから聞こえる復唱の声からも士気の高さが分かった。

 左手部分にあるエンジンのスロットルを前に押し出す。

 エンジン噴射の光が、夜の海を瞬時に照らし出す

 そして機体は、加速した。

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