第5話


 奇跡は起きるものである。


 にゃんと、にゃん太郎の企画が通ったのだ。


 部長からそう告げられて、にゃん太郎は嬉しさの余り、喉のグルグルは止まらないし、しっぽのプルプルも止まらなかった。


 そして、にゃん太郎は忙しくなった。


 食材の厳選や調理方法ももちろん、にゃん太郎が一番力を入れたパッケージの中に入れる「労い」に時間を費やした。


 にゃん太郎は何日も会社に泊まり込み、商品開発部と一緒になり、少しずつ、着々と商品を作り上げて行く。


 連日会社に泊まり込みのにゃん太郎だったが、ある日、着替えを取りに家に帰ると……いつも不機嫌がデフォのにゃよ美さんが、自分よりも疲れているにゃん太郎に、


「……おい! ちょっと座って!」


 と、言って急ににゃん太郎をダイニングの椅子に座らせた。

 クタクタなにゃん太郎は座っているのもしんどくて、うつ伏せになって仮眠を取っていると、タンッ! と何かを置いた。


 顔を上げると、そこにはほかほかと湯気を出し、削りたてのつやつやの鰹節が踊るご飯が置いてあった。



「……ひ、久しぶりに削ったの……」



 と、そっぽ向いて照れながら言う、にゃよ美さん。

 料理の上手じゃない、にゃよ美さんの得意料理。

 学生時代の時、これをにゃん太郎が食べて「旨い! 旨いにゃあ!」と絶賛したのだ。


 にゃん太郎は喉を鳴らし、お醤油をぽちっと垂らして食べようとすると、


「ちょっと、待って!」


 と言って、いそいそとパントリーからマンマねこを一缶持って来た。マンマねこは、サバとアジをメインに砕いて混ぜたキャットフード。


 にゃよ美さんは、それを鰹節ご飯の上に乗っけながら、言った。


「……飽きちゃう味だけど、こうして食べるのは、好きなんだよね」


 知らなかった、にゃよ美さん流マンマねこ。差し出されたご飯を、にゃん太郎は一口頬張る。じゅわ〜っと魚と鰹節の旨味が口に広がった。


「~~~~旨い! 旨すぎて染みるにゃあ!」


「そんな、大げさな……」


「いや、最高のご飯にゃあ! にゃよ美さん、ありがとう! ありがとう!」



「…………パパ、お仕事頑張ってね」



 にゃよ美さんが何年かぶりに笑った!

 にゃよ美さんが何年かぶりに「おい」じゃなくて「パパ」と言った!


 にゃん太郎はそれだけで泣きそうになる。

 しかし、それを隠すように、鰹節ご飯をっ込み、静かに鼻水を啜った。


 そうだ。

 頑張れば、応援してくれる猫がきっと居る。結果は分からないけれど、にゃん太郎の新商品は、そんな闘う猫に届いて欲しいのだ。


 にゃん太郎はにゃよ美さん流マンマねこご飯を味わい終えると、にゃん太郎を待つ猫のために、再び会社に戻ったのだった。





 半年とちょっとが経った。


 ついに、にゃん太郎の『おかえり』が商品化し、発売する事になった。


 にゃん太郎はドキドキしながら、営業の大和さんが作ってくれたセンターブースに並ぶ『おかえり』を見て、夢じゃないかと思う。

自分の『おかえり』が『にゃ~る』と並んでいるのだから。


 新商品とあって、結構な猫が買ってくれる。


 出だしは良さそうだ。

 しかし、この後が本番なのだ。

 この商品にリピーターがつくのかどうか……。


 ――もう、にゃん太郎の手から離れた『おかえり』は売れ行きを見守るしか出来なかった。


 ――どうか、せめて、小ヒットくらいには……!



 ……にゃん太郎は夜眠れぬ数日を過ごす。



   

    「でも居眠りはしていたにゃん?」

      (――派遣庶務の猫澤さん談)





 ――発売して、数日後。


 仕事中に池猫が慌てて、にゃん太郎の所へやって来た。


「猫山さん! 凄い、凄いっすよ! ツイッター見ました?」


「何それ? 俺はツイストなんて見てないよ」


「もう! バズってます!」


「バズ……??」


「猫山さんの『おかえり』バズっています!」


 池猫はスマホの画面を見せてくれた。

 そこには、にゃん太郎の『おかわり』の画像と一緒に「美味しい」「ヘルシーだからまた買うかも」「泣けた」「勇気が出た」「全種類集めたい」「毎日買う」といった文面が並んでいた。


 そう、それはにゃん太郎の『おかわり』に対する絶賛の声だった。


「凄いっす! やっぱり、中に入れたアレが良かったみたいですね!」


 池猫が自分の事の様に興奮する。


 にゃん太郎が『おかえり』のパッケージの中に入れたアレとは。

 

「手書きの手紙」だった。


 もちろん、量産品だから、手書きで書いた物を印刷しているが。


 それは全部、にゃん太郎が書いた手紙だった。


【お疲れ! 今日は頑張ったな】


【自分を労われるお前は偉い】


【空を見上げてご覧。星は綺麗だよ】


【他人は変わらない、自分の考え方を変えろ】


【大丈夫。俺もお前と一緒だ】


【いつでも見ているぞ! 俺が応援している!】


 一言だったが、その種類は100以上。


 言葉に勇気づけられた者、コレクターとして言葉を集めたい者。

 純粋にヘルシーな食べ物として買った者。

 

 理由は様々だったが、にゃん太郎の商品は消費者のニーズに応えた。


 にゃん太郎は嬉しさのあまり「ふみゃああああ!」と一匹、雄叫びを挙げた。





 ――こうして。

 にゃ~るを飛躍的に抜いた…………とは言い難いが、レトルトと言えば、昼は『にゃ~る』、夜は『おかえり』と言うほどには、にゃん太郎の商品はヒットしたのだった。


 それからも、にゃん太郎は書き続けた。


 買い続けてくれる自分の商品に感謝と愛情を込めて。


 にゃん太郎は退職するまでに500以上のメッセージを書いて、おかえりのパッケージの中に入れて、みんなに送り出した。


 この星空のどこかに居る、にゃん太郎と同じ境遇のサラリーニャン達に終わりの無いエールを……。






 翌春。


「新入社員、起立!」


 九歳になったにゃん太郎。

 定年まであと一年。

 今日は佐久猫食品の入社式。



 目の前には、新品の臙脂えんじ色ネクタイを締めた息子のねこ雄が新入社員の一匹として、にゃん太郎達と対峙して座っている。



 ――ニャッスイを受けると言っていた息子が、まさか自分の会社に入社するとは……。

 しかも新入社員代表で、一言述べるらしい。


 にゃん太郎は、自分が発表する時よりも緊張し、しっぽをピンとさせて、堂々と壇上のマイク前に立つ息子を見守る。


 ちゃんとした髪型に戻したねこ雄は、少し緊張気味に、でもカンペも無しにマイクに向かってゆっくりと話し出した。


「佐久猫食品の社員の皆様、初めまして。僕は、猫山ねこ雄と申します。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが『おかえり』を企画開発した猫山にゃん太郎の息子です」


 周囲がにゃん太郎に注目し、少し気恥ずかしくなる。


「……僕は、小さい時は父はとても偉大な猫だと思っていました。大きくて、優しくて、強いと思っていた父。しかし、自分が成長するにつれて、父の背中が思っていたよりも、とても小さい事に気が付きました。会社でも家庭でも縮こまっている父。

 僕はそんな情けない父を見たくなくて、目を反らし、あえて見ないようにしていました。しかしそれでも、僕はそんな父が気がかりでもありました……。

 ある日、夜遅くにたった一匹で食事をして、にゃ~るを絶賛している父に遭遇しました。そんな危機感の無い父を見て、僕は沸々と怒りが湧きました。

 父はなんでライバル社のご飯を食べて、呑気に落ち込んでいられるのかと。そんな情けない父に……僕はちょっと荒っぽいエールを送りました。そうです、僕は魅力の無い父の会社なんて入りたくない。ニャッスイ社にエントリーすると言ったのです。僕の暴言に、父がどう出るのか、僕は内心はとてもヒヤヒヤしていました。けれど父は、僕の父は、そのエールに見事に応えてくれたのです!

 父はその日から、父にしか作れないサラリーニャンメシを作り始めました。

 ……それからの父は、きっとこの社内にいる皆さんの方が良くご存知ですよね? あれからヒットを収めた『おかえり』でも、まだまだにゃ〜るを越える大ヒットまでは行っていません。

 だから、僕が今、ここに居るのは…………親父の想いが込められた『おかえり』を僕の手で日本一、いや世界一のメシにするためなのです! 

 僕は『おかえり』で必ず天下を取るために……尊敬する親父の意志を継ぐために、この佐久猫食品の壇上に居るのです!!」









 ――にゃん太郎は、泣いた。




ーにゃん(完)ー

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サラリーニャン にゃん太郎の試練 さくらみお @Yukimidaihuku

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