第4話


 月曜日。

 休日中にまとめた事を、会社の屋上で黒猫の大和先輩に見て貰う。


 大和先輩は、胃の調子が良くない様で、もっぱら猫草を食んでいては、毛玉を吐き出していた。きっと、少なからずマンマねこが売れない事に精神的ダメージを受けているのだろう。


「にゃるほどね、俺たちのメシか……」


「そうです。煮干しをベースに、鶏肉・チーズなどの国産厳選食材を混ぜ、食感は外はカリッと、中はふわっと。コンビニで温めて貰って、猫の最も喜ぶ35度にして貰って食べます」


「うん、超ド直球だが、お前らしくて良いんじゃないか?」


「それに、労いを入れたいんです」


「労い?……そうだな。確かに一日の終わりに、お前のメシを食って、明日への英気を養うのに癒しになったら嬉しいな。俺も考えてみるよ、その労いを」


「よろしくお願いします」


 にゃん太郎は深々と頭を下げる。



 再び企画部の戻ると、企画部トップ成績の池猫いけねこ君がわざわざ便所席まで来て、にゃん太郎を待っていた。年下なのに、にゃん太郎の事を小馬鹿にしている。


「猫山さーん、明日の午後三時からコンペだそうですよ。今のうちに机の整理でもしておいたらどうですか?」


 と、散らかったにゃん太郎の机を見やる。

 周りの猫達もクスクスと笑う。

 いつもなら、相手にもせずヘラヘラしていたにゃん太郎だが、いきがる池猫が哀れになり、思わず肩をポンと肉球で叩いた。


「池猫……お前もすさんでるな」


「にゃっ!?」


「企画トップのお前が焦る理由も、それで俺をサンドバックにするのも分かる。けど、お前の戦う相手は俺じゃなくて、ニャッスイだ」


 周りの笑い声が止まった。

 図星だったらしい池猫は、その場でプルプルと震え、それから四つん這いになって企画部から出て行った。



 にゃん太郎は、席に座った。


 労い……。


 にゃん太郎はじっと一点を見つめて考える。


 にゃん太郎が、今回やってやろうと思ったのは、ねこ雄の言葉。


 ねこ雄から何を貰ったから、俺はやる気になった?


 叱咤? 焦り?


 ……いいや、違う……。



 その時、にゃん太郎は閃いてカッと茶色の目を見開いた!


「それだ!!」


 にゃん太郎は、にゃにゃにゃ〜っとパソコンを入力し始めた。

 自分の企画案を。


 にゃん太郎はその日、徹夜をして、『サラリーニャンのメシ』企画書を作り上げたのだった。





 翌日。

 にゃん太郎達、企画部のサラリーニャン達は第二会議室に集まっていた。

 四角いテーブルの上座は部長。

 それから成績順に並び、にゃん太郎は末席だった。


 企画コンペは、業績トップの池猫から始まる。みんな池猫の持ち込んだ案に感嘆し、「これは凄い!」「にゃ~るを超えられるかもしれない」と口々に言っていたが、緊張しまくりのにゃん太郎には、他の猫の企画など耳にも入らなかった。



「じゃあ、次は猫山」



 部長の声に、にゃん太郎は覚醒し、勢いよく返事をして立ち上がり、部長の横に設置された壇上へと歩いて行く。

 すでに、池猫から始まった会議は三時間は過ぎていて、正直、みんな飽きていた。


 飽きていて、みんな会議室の天井にある空調に付いた紐を見て、ウズウズしている。みんな早く、堅苦しいこの場から解放されたいのだ。


「手短に頼むよ」


 部長も、その揺れる紐を見ながらにゃん太郎の事など全く見ようとしない。


 にゃん太郎は、ギャラリーが居ないほうが話しやすいなと思いながら、切り出した。


「えー。私の考えたのは、労いメシ『おかえり』です」


 にゃん太郎がパソコンの画面をクリックすると、パッとプロジェクターがにゃん太郎の案を白い壁に映す。


 そこには、かえり煮干しが映った。


「名前は帰宅する『おかえり』と『かえり煮干し』を掛けて作りました。ご存知の通り、イワシの稚魚を原料とした煮干で、脂肪が少なく、あっさりとした物です。なので、何度も『おかわり(えり)』出来ると言葉も引っかけています」


「……このメシのターゲットは?」


「5~8歳の中年猫です」


「なら、もっとコッテリした味が良いんじゃないの~?」


「部長、その通りですが。このメシは夜遅くまで働いたオスの夜食です。あんまりコッテリしていたら、肥満や成人病を気にするこの年代には辛いし、食も細くなる年代なので、かえり煮干しがちょうど良いかと。その特徴を活かしダイエット食品として、ターゲットを女性全般にも広げられます」


「……続けて」


「はい、先ず、外側はカリッと乾燥させた魚類と肉の歯ごたえに、中身はふわとろの柔らかい魚肉とチーズ。そして、時々食感としてかえり煮干しを入れます。この辺りは商品開発部との兼ね合いで、食材を選んでいきます。そして、この商品の最大の特徴は、パッケージです!」


 にゃん太郎は『ぱわーぽいんと』の次のページをクリックした。


 それを見て、空調の紐を見つめていた同僚達も、画面に注目し「おおっ!」と驚きの声を上げた。


 にゃん太郎は唸り声を上げる彼らをゆっくりと見回し、少しだけニヤリと笑った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る