第4話 これがこの国の問題か。

城を出て街に下り、中央の広場に出た。

立ち話をしたり、流しの楽器弾きが演奏していたりはするが人が少ない気がする。

特に子供達の姿が見えない気がする。

王都というから日本の都会をイメージしてしまったから、そのギャップでそう見えているのだろうか。

広場の向こうに続く街道には出店が並んでいるのが見える。


「朝だから人が少ないの?」

「もうお昼ですよ。」

「……すみませんね。たっぷりと眠ってしまい。てか起こしに来てくれるんなら、もっと早く起こしてくれても良かったじゃん。」

「いい大人なんですから。自分で起きてください。」


へいへい……。

朝っぱらから起きるような生活をここ最近はしてなかったもんでね。

広場にいる人を見ると、人類と言っていいかどうか微妙な風貌の人がいる。

パッと見でもこの都市には数人種くらい居そうだな。

ハンナさんも人の割には耳が長い。

人類というカテゴライズでは無いはずだ。


「ハンナさんって人?」

「失礼な設問もざっくりしすぎると腹が立ちませんね。」

「いや気安く人って括っていいか分からない方々が居るから」

「私は長耳族エルフですよ。この国では猿人族サピエンス獣人族ビースト長耳族エルフ炭鉱族ドワーフの4人種だけを一括りに人類と呼んでいます。」

「……だけ?」

「他の種族も居ますけど、この国には居ませんし、人類として括られていません。長耳族エルフだろうが、猿人族サピエンスだろうが、国や地域によっては獣ですよ。」


怖いな。

気安く他国に行くのはやめとこう。

それに他国は関係ない。

俺はあくまでこの国に必要なことをすればいいんだ。

その必要なことが分からないんだけど。

広場の雰囲気を感じとれる限りでは、与えられてる範囲で楽しく生活していそうだ。

無理に動画を見るという新しいエンタメを入れ込む必要性なんて全くない気がする。

困ったものだ。


「広場を出ましょうか。街道に沿って歩きましょう。」


道に沿うように店が多く並んでいた。

雑貨屋、果物屋、パン屋、食事処、理髪店など多種多様な店が並んでいた。

ただ、露店タイプの店は一切やっておらず、寂しい感じがする。


「あらハンナさんじゃない。」

「どうもおばさん。」


ハンナさんがぺこりと頭を下げた。

話しかけてきたのは獣の耳とふわふわなしっぽが生えた優しい顔つきのおばさんだ。

さっき説明を受けた獣人族ビーストというやつだろう。

この道を歩く間にハンナさんは人が少ないのにもかかわらず、多くの人に話しかけられていた。

メイドさんってあまり雇い主のところから出ないイメージがあったけど、ハンナさんは随分と顔が広い。

俺と話す時と全く違い笑顔でおばさんと話している。

これは親しみやすくて仲良くなりたいと感じさせる人だ。


「せっかくですし、おばさまのお店でご飯にしましょう。」


どうやらこのおばさんは食事処の店長らしい。

どんなものをこの国の人達は普段食べているんだろう。

この国にしばらくいるなら食事は大事だ。

衣食住足りて人間だから、せめて食えるものであって欲しい。


店に入りメニューを見たが、もちろん何が何だか分からないのでハンナさんと同じものを注文した。

しばらくしてパンと分からない肉の入った水炊きのようなスープが運ばれてきた。

パンは俺らのいた世界と大差がない。

問題はスープだ。

怖々口に運んだ。

……美味しい。

美味しいというよりこの味は……。


「食べ慣れた味がしますか?」

「こんな世界で和風な出汁の利いたスープが飲めるとは。」

「この国に初めて召喚された人が料理人でした。その料理人によってこの国の食文化は大きく変わったそうです。」

「和食ですか。」

「旨みはこの国の代表的な調味料ですよ。」


長耳族エルフが旨みとか言いやがった。


「この国の料理はまずかったということ?」

「少し違いますね。この国で塩不足になったんです。」

「まずいというより味が無くなったんだ」

「魚の骨とか干しキノコから味を抽出したりして、塩の使用量を減らし、この国に大きな衝撃を与えたらしいですよ。」


この国は海が無いらしい。

大昔はここら一帯も海だったのかは知らないが岩塩は取れたらしい。

しかし岩塩が枯渇し、塩不足になったとのこと。

香辛料も他国に頼っていたから、カンナビアが塩を取れなくなったことをいい事に、香辛料の値段も釣りあげられた。

塩の代替物も高い悪循環。

そこで、呼ばれた料理人が、この国の食文化そのものを変えたらしい。

旨味という新しい概念の登場で塩を使う量が全体的に減少したらしい。

今は隣国との取引で安く塩が買えるらしいが、この食文化の改革もあり、「カンナビアに来たらとにかく飯を食え」と言われるくらいには世界でも人気らしい。

ただ、少しズレているような気がする。


「でも、それなら塩の代わりになる香辛料系の植物育てられる人とか、安く仕入れるために外交の優れた人とかが真っ先に必要な人として挙がってこない?」

「そんなこと私に聞かないでください。分かるわけないでしょう。」


そういや、どんな人が召喚されるか分からないから、適当な日に召喚してるんだっけ。

ただ、自分が知ることやできることから少しずれた問題でも、召喚者は解決に導いていることが分かった。

俺がしていた動画投稿という仕事も活かしようがあるかもしれない。


スープに入っている肉は何かわからないままだったが、大変美味しい食事だった。

お金は一銭も持っていないので、ハンナさんに頭を下げて払ってもらう。

これから生活するのにお金とかどうするんだ。

……王様にたかるしかないか。

この国のお金の単位はゼルで今回の店では1食900ゼル。

庶民向けの店っぽいし、お金の価値は日本と似ていそうだ。

ハンナさんがお金を払う時、硬貨やお札を出すのではなく手首に着けたリストバンドのようなものを店員さんと合わせた。

ピロリンと音が鳴り、店員さんから感謝され、ハンナさんが店を出ていった。

俺はこれを知っている……電子マネーじゃないか。

どうなってるんだこの世界。

文明が進んでいるところといないところの差が激しすぎる。


「その手首のやつ何?電子マネー?」

「でんしまねーとやらは知りませんが、これはリストウォレットというものです。」

「いつからあるの?」

「6年前からですかね。これも召喚者のおかげです。」


この国が保有する鉱脈が枯れ始め、貨幣を作れなくなった。

その現状を受け、8年前の召喚者がリストウォレットというシステムを作ったらしい。

召喚者すごいな。

6年前からあるということは召喚されて2年でこのシステムを構築したということだ。

ハンナさんはリストウォレットを作った召喚者の前職は知らないらしい。

気になる……。


あれ?ちょっと待てよ。

テレビがあるということはカメラもあるし、映像を見ることにも慣れている。

リストウォレットがあるからインターネットに近いシステムもある。

材料はほぼ揃っているから、動画投稿サイトを作れるような気がする。

作ってもいいが王様が求めているのは「この国の問題の解決」であって、作れることが分かっても理由が無いとダメだ。


「どうですか?召喚者が作ったものを見てヒントは得られましたか?」

「意外といけそうだなぁという楽観的な思考は手に入れました。」

「とりあえず王宮に戻ってそのヘラヘラした態度を王様に見せましょう。」


……ごめんなさい。

とりあえず今日で意外と大丈夫そうという感覚を掴めたのはでかい。

そう……俺はワクワクしている。

俺も一度、利用”する”側でなく”させる”側になれればと考えたことがある。

その立場になれたら、世間に与えられる影響力は計り知れない。

元の世界ではすでに積みあがった状態で手を加えようがなかったが、異世界に召喚されたことで、俺の頭に知識が残った状態で更地にしてくれた。

このチャンスは逃すわけにはいかないと、今は考えている。

正直、王様ですら俺を召喚した理由が分からないのだから、理由なんて適当にでっち上げればいい。

……ははっ……最低だな俺。

ついさっきまで、さいたまズの仲間たちのことを考えていたのに、今となっては新しいことができるとワクワクしてるなんて。

こんな人間だから、あいつらは俺から離れて行ったのかもな。


そんなことを考えながら王宮に向けて歩いていると、サイレンのような警告音が鳴り響いた。

「10分後に突風が吹きます。外にいる方は直ちに室内か防空壕に入ってください。」


無機質な音声で物騒なことを言ってきた。

店の人は外に出ている商品を中に入れ、街を歩いていた人は走ってどこかに消えていった。

空襲警報?

戦争はしてないんじゃないのか。

突風?って言ったか。

知らない土地でこの警告音を聞くのはめちゃくちゃ怖い。


「マチダ様、行きますよ!」


ハンナさんに手を引っ張られ、何が何だか分からないが逃げる。

路地裏に行くと地下に続く階段があり、そこに人が逃げ込んでいた。

階段を降りていると、外から轟音が聞こえてきた。

外で何が起きているんだろう。


階段を降りきると、そこには壁で括られた小部屋が沢山あった。

木で作られた床があり、ベットが2つずつ置かれている。

備蓄用の水や乾パンが置いてある。

2.3日なら普通に生活できるレベルだ。


着火シンティッラ


ハンナさんが手のひらと指先を擦り合わせると、指先に火がついた。

壁ある行灯のようなものに指先を近づけ灯りをともした。

魔法だ。

当然だが初めてみた。

周りを見ると他の小部屋も灯りがついている。

このレベルの魔法はこの世界の人であれば当たり前のように使えるらしい。


「マチダ様。怪我をしておりませんか?」

「大丈夫だけど、外はどうなってるの?」

「外は突風が吹き荒れております。」

「突風?」

「この国の近くにドラゴンが住み着いたらしく、4・5日の間隔で体の汚れを飛ばすために翼をはためかせる龍の翼風ドラゴンウィンドによって、風が吹き荒れるらしいです。」

「いや……"らしく"だの"らしい"だの、こんな事態なのに随分と曖昧だな。よくそんな突飛な話を信じられるな。」

「半年前、王様がテレビで風が吹き荒れる日を予言して、その通りになったのですよ。それにドラゴンも本来は空想上の存在でしたので、最初は信用する人も少なく屋内に入らない人もいて、多くの人が死にました。実際に目の当たりにすると信じざる負えません。」


ハンナさんはため息混じりに話した。

王様が言った通りのことが起きていること。

警告ブザーが今のところ1度も外れていないこと。

なぜ予測できたか、本当にドラゴンが住み着いているのか、そもそもドラゴンなんて存在するのか、などといった疑問は浮かんでも、どうしようもできない以上は黙って従うしかない。

それに風が吹き始める10分前に国全体に通達できてること自体もおかしい。

ちなみに、この防空壕や警告音声を流したブザーは戦争していた時代の名残らしい。

この2つは風が吹き荒れると予言された日までに急ピッチで整備したとのこと。

目の前で初めて魔法を見て、当たり前のようにドラゴンという言葉もでてきた。

唐突にファンタジーを感じたし、……あの王様も胡散臭くなった。


「今日は町の雰囲気を見てもらいましたけど、普段はもっと活気があるんですよ。」

「まぁ外に出にくいよな。露店が全部閉まってたのはこれが原因だったんだね。」

「そうですね。ですが1番可哀想なのは子供たちです。風のせいで外で満足に遊べず、催し物も軒並み中止ですから。」


当たり前だ。

親からしたらいつ突風が吹くか分からない状態で子供を外に出すわけにはいかない。


「子供を家に残している以上、その親たちも外出は必要最低限になります。そのため全体的に外に出にくくなってる感じです。」

「……子供達は家で何してるの?」

「何をしてるんでしょうね。相当暇だと思います。」

「テレビがあるんだろ?」

「テレビは子供が見るには退屈ですよ。この国の情勢の報告やお店の宣伝くらいしかやらないです。」

「大人も退屈だろそれ。」


テレビもおそらく召喚者が作ったんだろうけど、バラエティーとかに関わっていた人じゃなかったんだな。

子供たちは家だと本当にやることがなく暇らしい。

友達にも会えない。

学校とかも上流階級しか行かないから勉強することも無い。

家に籠る子供たちに向けて新しい楽しみを作る。

動画とかを投稿できるサイトを作り、子供たちがいつでも楽しい動画が見れるようにする。

そのために呼ばれた……理由はそれにしよう。

動画投稿をしていた人間と説明したときに王様は「楽しそうなことをしていたんだな」と言っていた。

俺の仕事そのものは楽しそうなものと理解してくれてるのだから、子供を楽しませるために俺が活躍できる舞台を作るところから始めると説明すれば、王様も十分納得してくれるだろう。


だが、最終的に到達すべき目的は「誰でも考えや疑問を国全体に主張できる世の中にする」事にしよう。

ハンナさんから龍の翼風ドラゴンウィングの話を聞いて、この国に来て1日もたってない俺ですら何個も疑問が浮かんだ。

いくら国から援助してもらおうが、半年も突風に晒され、止むまで耐えろと言われてるこの国の人達が苛立ちや疑問を持っていないなんてことがあるはずがない。

でも、この国にはその気持ちを発信するものがない。

……動画だけにこだわらない。

俺は誰でも好き勝手発言できた、元の世界のSNSを集めたものを1から作る。

あの胡散臭い王様にこの内容は伏せたまま。


「とりあえず召喚された理由と目標が見つかったよ。」

「左様でございますか。王宮に戻ったら王様に報告してください。」

「ちなみにこの風はどのくらい続くの?」

「明日の朝には止んでいると思いますよ。」

「いや……もっと長い目で見て……。」

「少し考えれば、私に分かるわけがないことに気づきませんか?」


すいません……。

この風は現状半年続いているらしいが、いつまで続くかは分からない。

風が止んだら見つけた理由と目標は意味が無くなる。

明日からガンガン行動していこう。


さて、この国に新たな可能性のカギを投じて見せようではないか。

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