17話「再会」





僕たちは秘密の付き合いをしようかとも言い合ったけど、結局、「これから先に自分たちの関係が誰からも祝福されないのではないか」と思うのが怖くて、別れることにして、浜から帰った。




その後、何度か女の子を連れて街を歩く雄一を見たけど、僕たちはもう別々の道を歩んでいると思うことにして、僕は涙を堪えた。


でもある日学校で雄一が僕に話しかけてきたんだ。








昼休みの教室はのどかな光が斜めに差し込み、明るさに満ちていて、その中で生徒たちが和やかに話しながら食事をしている。平和の風景だ。


でも、僕の胸には変わらず悲しみが渦巻いているし、目の前がなんだか暗い気がしていた。手元のお弁当はこの間から、コンビニおにぎりに変わっている。



一週間くらい前に戻るけど、僕は家を追い出された。


僕は、雄一と付き合っていた時は家に帰らないことが多かったし、学校に全く行かない日だってあった。


いつの間にか、学校の出席日数はもう取り戻しようがないところまで削れていた。


テストの成績も散々で、近所を遊び歩いていたこともとうとう両親の知るところとなり、酷く叱られたあとで謝らずにいたら、それでさらに怒った父親から「出ていけ」と突きつけられた。


でも僕は、そんなことはどうでもよかった。


雄一を失うこと以上に僕を傷つけることなんか、何もない。


ちょうど一人で泣き暮らしたいところだったし、僕はあっさりと家を出た。



そんなことを考えていると、ふと僕の机の前に誰かが立った。


顔を上げると、それはやっぱり雄一だった。


「話あんだけど、どっか抜け出せないか?」


その瞬間、僕は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。一時でも彼がそばに居てくれようとするのが、嬉しかったんだ。


「…屋上とか、かな?」


嬉し泣きをしそうになるのをなんとか堪え、僕は震える声でそう言った。








僕たちは屋上には出ずに、階段の一番上に腰掛けていた。雄一は膝を抱えている。


言いにくそうにしていたけど、彼はやがてこう言った。


「女と別れた」


僕は雄一を振り返ったけど、それについて何も言いはしなかった。


「あいつとは、何もできなかったし、あいつに何も思えなかった。適当に声を掛けたらついてきたから、それで結局、何にもならずに終わった」


「そう…」


“僕を忘れないでいてくれたんだ”


そう思って、とても嬉しかった。


でも、それがおそらく君を苦しめているんだろうと思うと、切なかった。


「稔…なんか言えよ」


彼は膝に顔を伏せていたけど、急に僕の肩に手を掛け、少し僕を揺さぶる。


「俺がお前を忘れられるようなこと、なんか言ってくれよ…!」


そう言いながら僕を揺らして、駄々をこねる子どものように、泣き声を出す君。


僕はそんな君が愛しくて、変えたくなくて、こう言うしかなかった。


「…やだ」


怒られるのかなと思ったけど、僕が雄一をまだ好きなのが伝わったのか、雄一はちょっと笑った。


「ひでえ奴な、お前」


彼はくくくと笑ったけど、また膝に顔を伏せ、今度は深く落ち込んだ声を出した。


「なあ…俺、どうすりゃいいと思う?」


“もう一度、君と一緒に居られるようになりたい”


僕は、すっかり弱ってしまって僕をはねつけることもしない雄一を前に、少し勇気が出た。


“君も僕と同じ気持ちだから、こんなふうに落ち込んでる。それなら、なんとか考えれば…”


するりと僕の気持ちは前向きになって、彼にいろいろ聞いてみようと思った。


「お父さんの監視は?」


「部屋に盗聴器があったのこないだ見つけたから、捨てた」


「じゃあもう大丈夫じゃない」


「でも、もしまたわかっちまったら、今度こそお前が…」


“そうだ!”


僕はその時思いついたことに一気に元気を出して、早く雄一に話そうと思った。


「…僕もね、今は一人暮らしなんだ」


“僕の家でなら、見つからないかもしれない”


そう思うと、胸が苦しいほどワクワクする。僕は不安なんかもう消し飛んで、これからのことが楽しみな気持ちの方が大きくなっていった。


「そうなのか」


「うん。実は、母さんが、出席日数が足りなくなってたことを隠してたの、すごく怒っちゃって…「出てけ」って父さんにも言われたから…出た」


そう言って笑った僕に、雄一は目を見張ったまま、しばらく動かなかった。


「そろそろ学校もやめて、僕、働くことにする」


僕は雄一の顔を見ていなかった。彼が真っ青になっていることに気づかなかった。


「親があんなんじゃあ、学校にもう一年行くのもできないし…大人になれば…早く大人になれれば、自由になれると思って…君と一緒に…」


僕はもしかしたら、そう望んでいたから、あんなに簡単に家を出たのかもしれない。いつか雄一を迎えに行くつもりで。


“君と一緒に居られる”


雄一も喜んでくれると思っていた。


「…ダメだ!」


その時踊り場に響いた雄一の叫びは小さく、怯えた様子だった。


「…どうして?」


聞き返すと、雄一は何を言えばいいかわからないように何度か首を振ったあとで、今度は大きく叫んだ。


「お前までそんなことになるな!学校はやめるなよ!」


「じゃあ、雄一はやめるの?」


僕がまた聞き返すと、雄一は気まずそうにうつむき、横を向いた。


「…俺は、ほとんど来てなかったからな。居てもしょうがねえさ…でも、お前まで…」


一生懸命僕の心配をして、なんとか引き留めようとする彼。


“君に心配は掛けたくない、かな…


僕はそこで、もう一度考え直してみようかなと、ほんの少しだけ思った。



僕は、信じていた家族に「出ていけ」なんて言われて、裏切られた気分だった。


それに、学校の出席日数が足りないなんて、今さら挽回もできないから、後戻りは利かないと諦めていた。


何より、雄一が居ないことで、僕はもう前に進む気になれなかったんだ。


でも、あと少しで彼は僕の元に帰ってきてくれるかもしれない。それなら、もう一度頑張れるかもしれない。



「そっか…じゃあ、考えとく」


無言で何度も頷いて、僕に思いを伝えようとしてくれている雄一を見て、僕は、彼に頼みたいことを我慢できなくなってしまった。


「そろそろ休み時間終わるかもね」


何気なくそう言い、タイムリミットを作って、手を放す準備をしておいてから。


「あ、ああ…」


彼がこの場を去っていくその前に。


「雄一」


立ち上がろうとした雄一の手を僕は素早く掴んで引き寄せ、僕たちは10センチの距離で見つめ合う。


雄一の目は大きく見開かれて、鋭く光った。


「キスして」


すぐに抱きしめられて、深い深いキスをして。僕たちは一時だけ、互いを強く確かめ合った。


「今日、僕のうちに来てよ…」


「ああ…」





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