第29話 後継者争い 3(2)



 三分後、丘の上から爆発に似た大きな音が轟いた。それは、教会へ急ぐ俺達……もとい、俺を担いだヒルダまで届いた。ビルの屋上を踊っているかのように次々と飛んで渡っていった。


「お、おい! Qは大丈夫なのかよ」

「彼はジョーカーに命を取られるほど弱くはありませんわ。恐らく今の爆発はQの仕業でしょう……それよりも、もう一時間半は過ぎていますわよ」

「だ、大丈夫だ……きっと」


 無根拠にまかせて返すと、ヒルダがクス、と笑った。緊張していただけに、なんとなく虚を突かれた気分。


「それもありのまま、ですか?」


 ヒルダの悪意のない笑顔を見るのは、これが初めてだった。年相応に少女は微笑んで続ける。


「私、剣条君には感謝していますのよ………あなたは私と正面からぶつかってくれた。そして気づかせてくれた。向き合うことの大切さを………それで、あ、あの」


 見る見るうちに、ヒルダの顔が紅潮していた。そして、教会前でヒルダは降り立った。俺から手を放し、面と向き合う。ヒルダは中々言おうとしない。


「こ、こうして友人に言うのは初めてですので………あ、ありがとう!」


 若干裏返っていたが、笑ったらいけないよな? 精一杯の感謝に笑顔で応えた。


「どういたしまして。……さ、行こう!」


 教会の中へ入ると、既にジョーカーが退屈そうにあくびをしていた。そこにはうつぶせで倒れるQの姿もあった。


「Q!」


 駆け寄るヒルダに、ジョーカーが大鎌を構える。しかし、シュタルスが止める。素人の俺でもそこに殺気がないことは分かる。


「安心しろバルツェル。気絶してるだけだ」


 だがQは明らかにボロボロだった。


「ここまでする必要はなかっただろ!」

「それがあるんだよ………ほら」


シュタルスとの話に割り込んだジョーカーが箱から取ったメモを俺に渡した。そこには『剣条司が向かった先にいる二人のどちらか』という具体的かつ変な内容が綴られていた。


「何だよこれ……審判!」


 詰め寄る俺を、ジョーカーが襟をつかんで阻む。


「よせ。死んじゃいないんだ……ルールには従うしかないぜ」

「……くそったれが!」


 審査の結果、問題なくOKが出た。すぐに箱を漁りメモを引っ張り出す。


『あなたにとって、最近一番面倒だった人間』


 もう、一人しかありえなかった。傲慢なくせにアホなあいつだ。……俺が負かした初めての相手。……クレア=シルベスター。


「よし!」


 Qはヒルダに任せて、俺はまた街へ繰り出した。制限時間はまだある。焦らず行こう。逸っても仕方ない。


 そして、またも中心街へ出向いたのだが、捜索はあっさり途切れた。あれだけ関わっておきながら、俺はクレアの連絡先を知らなかった。そもそも知るとめんどくさそうだし。


「また同じパターンかよ………! 同じネタは面白くねぇっての」


 あいつが行きそうな場所なんて見当もつかなかった。そもそもクレアの境遇は知ってても、それ以上のあいつの趣味とか好きな食べ物までは把握してない。もう少し仲良くしておくべきだったのかな。


 大きく息を吐くと、同時に腹の虫が鳴った。そういえば、もう昼時だった。今朝もろくに食べてなかった。育ち盛りには空腹は酷だった。

 すると、また携帯が震えた。相手は大方の予想ができてる。通話状態にしてあえてしばらく黙った。


『……応答しといて無視すんなよ。あーこちらシュタルス、こちらシュタルス、どうぞ~』


 完全にからかっていた。切るぞ、と告げると、シュタルスは待て待て待て! と必死に止めてきた。なんなんだコイツ。


『もう昼だぜ? 少しは体のことも考えて飯食っとけって。ジョーカーも今ハンバーガー十個目でよ~、あと二十個は食べるんじゃねぇか?』


 なにを……狙っている? 強者の余裕なのかジョーカーたちの思惑が推し量れない。単純に茶化すだけならもう少し冗談の聞いた言葉を選ぶはずだ。……なのに、シュタルスは俺に気を遣っているのか? それとも、これがハンデのつもりなのか……?


『よし、お前が飯食い終わるまでオレ様たちは一切動かないからな! ちゃんと食えよ、勝負になんねぇからな!』


 電話を切られた。明らかに、昨日と態度が違う。むしろヒルデガルトとの戦いの前にアドバイスをくれた、あの時のような雰囲気が、電話越しでも感じられる。読めない相手の原理と、空腹に苛立ちが増す。


「あーもう! わかったよ、食うよ食べますよ!」


 近くにあったファミレスに立ち寄った。香ばしいにおいが鼻孔を通って胃を刺激した。しかし、見るからに混雑していてしばらく座れそうになかった。……しかし、店員が「剣条司様ですね?」と尋ねてくる。


「奥の席のお客様が相席を構わないと仰っているので……」


すぐに了承した。俺の名前が出たことにも、もう微塵の疑問も浮かばなかった。どうせテレビで見たことあるから実物を見てみたいなんだろう………ささっと食べて出て出てしまおう。足早に席に向かった。席はガラス張りの窓から外の景色が見渡せる場所だった。


 そして、そこには予想とは違った結果があった。


「むぐむぐ……あ、おいしい! ニッポンのふぁみれすって結構イケるのね」

「だから言ったじゃありませんかクレア様。偏見は損を生みますよ」


 椅子の二つを占領していたのは、まぎれもなくハートの8とアホの子クレア=シルベスターだった。口元にハンバーグのソースをべったりつけて満足げな顔をしていた。


「あ、やっぱりケンジョウだ」

「こんにちは剣条様」


 8が挨拶と一緒にメニューを渡してくる。混乱する前に席について事情を問いただす。


「何でいるんだよ」

「ショミンの食べ物に興味を持ったからわざわざ足を運んだのよ!」


 フォークを突き出して熱弁するクレアだが、子供っぽいその様相には興味なんて言葉よりもただのお子様の好奇心にしか思えない。さっきまでヒルダといただけに、対比すると余計にガキっぽく見える。


「正直な話、クレア様は剣条様の御宅で昼食をいただこうと思ったのですが、今日の事情が事情だったので」

「俺の家はめし処じゃないぞ」


 テーブルの隅にあるチャイムを押すと、すぐに店員がやってきた。もう面倒だったので向かいにいるクレアと同じものを頼もうとした。


「お前のやつ、なんて言うんだよ」

「えーと、デラックスギガバーグ」


 なんともひねりのない……

 子供が考えたようなメニューだな。大きいのにさらに強調してる。ともかくそれを頼むと、十分もせずにそれは運ばれてきた。鉄板の上には分厚いハンバーグが三枚重なり、付け合せのポテトなりエビフライなりも量が多かったり、それそのもののサイズが規格外だった。エビフライに至っては、どう見ても伊勢海老だ。


「大丈夫? 時間?」


 仕方ない。頼んだものはちゃんと食べねば。慎重かつ迅速に食べ進めていく。胃もたれしそうだったが、今日さえ乗り切られれば問題ないんだ。気張れ、俺。


「で……借り物競争のお題は何だったのよ?」

「んぐ?」


 クレアは店の中心を指差した。そこには街を奔走する俺の姿が映し出されていた。あぁ、これやっぱり撮られてたのね。


「あなたにとって、最近一番面倒だった人間」

「はぁ? ワタシがアンタに迷惑かけた?」

 

 ほらやっぱり、予想通り。

 自覚がない辺り、やっぱりアホだ。気にせず食事を続ける。ようやくハンバーグを二枚食べた。


「………でも、なんだかんだ言って、アンタには世話になったわよね」


 8に口を拭かれながら、クレアは語る。


「アンタと戦ってから、不思議と泣いて喚くことがなくなったわ。自分で自分をを傷つける寸前だったところを、アンタに助けられたんだからね。……そのおかげで、戦いも優位に進められているわ」

「ふーん」


 アホながらもしっかり礼節はわきまえていた。礼を言うのはできるんだな。聞き流しつつ、俺は完食した。案外食べれるものだ。


「んじゃ、お前を教会まで連れて行くからなクレア」

「エスコートよろしく!」

「―――それがまたまた、そうは問屋が卸さぬってな」


 いらっっしゃいませ、の声と共に再びジョーカーが姿を現した。しかし今回は大鎌を携えてはない。


「お二人とも、ここはこの8にお任せを。ここまで良いところがなかった分、名誉挽回です」


 席へと近づいてくるジョーカーに、8が前に出る。数秒の間、クレアは8から視線を外さなかった。そして、振り返って8が無言で頷くと、クレアは笑い手を伸ばした。


「まったく。食べた分の会計くらい渡してから言いなさいよ」

「申し訳ありません」


 8は自分の財布から五百円玉を取り出して笑顔でクレアに飛ばした。……ん? 


「確かお前と俺が食べたのは、一食二千円だぞ?」


 というか、足りなさすぎだろ………。まぁ、仕方ないか。おどおどするクレアを小突く。


「お前の分も払うから、さっさと行くぞ!」

「だ、だれも払ってなんて頼んでないわよ!」


 いつの日か同じようなことを言われた。だがあの時と違って、この少女は震えていない。成長を垣間見た瞬間である。


『だ、誰も助けてくれなんて言ってないわよ!』

「じゃあ、友人として奢らせてもらうぜ」


 会計で一万円札を出して店を後にする。すれ違うジョーカーは、一切手出しをしてこなかった。


「あわや主人がタダ食いするところだったな?」

「何を……この8の財布は十分潤ってますよ……さぁ、お嬢様が食べている間何も口にできなかった分、パフェで勝負ですよ」

「ちょうどいい。ファストフードの食いすぎで口が油っぽかったんだ。デザートの時間だ」

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