第30話 後継者争い 3(3)



 胃から食べたものが上がってきそうだったが、気合で抑え込む。時刻は午後一時前。まだまだ時間はある。この分なら、勝てる可能性が高い。勝たなきゃいけないんだ、耐えろ俺。


「ちょっと! 誰もアンタの友達になった覚えなんてないわよ!」

「うるせーな、別にいいだろ!」


 人ごみを縫いながら教会へ向かう。その中で、クレアは走りながら叫んだ。本当に面倒くさい。


「良くないわよ! まだ気が済んでないことがあるんだからね!」


 教会前に着き、お互いに足が止まった。


「最初の決闘の時にアンタの事、撃ち殺そうとしたでしょ?」

「ん~そんなこともあったなぁ……」


 ちょっと前の事なのに、記憶が曖昧だった。よく考えてみれば、笑い事じゃ済まない。物騒な話である。


「ちゃんと言っておきたいの……アンタに」

「……何を?」


 クレアはしばらく視線を泳がせると、いきなり「あーもう!」と頭をかき乱し始めた。そして、吹っ切れたように清々しい顔で笑った。


「もう色々ごめんなさい!」


 プライドだけは一人前だと思って、決して謝罪することなんてありえないだろうと思っていた少女が、深々と頭を下げた。その光景に、俺は吹き出す。


「な、なによ!」

「いやいや………要するに、仲直りだな? ならこれでもう、俺達は友達だ」


 虚を突かれたように突っ立ていたが、クレアは気を取り直して鼻で笑う。


「ふ、ふん! 友達になってあげるのよ、このワタシが!」


 やっぱり、面倒だった。


「はいはい……んじゃ、行こうか友人?」

「そうね」


 教会の扉を開け、祭壇まで向かう。ヒルダとQが長椅子に腰かけていた。目を合わせると親指をぐっと立てて合図を送ってきた。


「ちゃんと食ってきたか?」


 リンゴを片手にシュタルスが祭壇の前で待っていた。その傍らにはジョーカーに背中をさすられている8の姿があった。


「ったく、だから無理して食うなっつったろ?」

「うぷ……不覚……結局良いところがありませんで……ぅぷ」

「8!」


 駆け寄るクレアに、ジョーカーが肩に手を置く。


「食い過ぎでこうなってるだけだ。すぐに治る」


 ジョーカーとシュタルスを睨むと、シュタルスがまた紙を投げつけた。


『剣条司にとって面倒な人間の近くにいる人間』と書いてあった。引っ掛かる、というよりも完全に謀られている。やっつけにもほどがある。審判もしかしてめんどくさがってるのか? ……でも、もうあと一息だ。無視だ、無視。すべては勝った後で聞けばいい。


 審査員の判定は満場一致でOKだった。次なるお題を、箱の中から取り出す。開いた先にあったのは、またも名詞ではなかった。

 


 ―――――あなたにとって、一番大切な人――――――



 ふと、7が思い浮かんだ。思えば、彼女は俺にとって、スート以上に、夢に対する思いを再認識させてくれた人物なのかもしれない。


 『こっちこそ……貴方なんてお断りです!』


 怒りに任せた少女の顔を思い出して、すぐに記憶を抑圧した。あいつなんて……顔も見たくない。そうだ、7よりも大事な人がいるじゃないか、それも、とても近くに。


「さてと……ジョーカーも満腹みたいだし、そろそろオレ様直々に動いてやるか」


 背筋を伸ばしてシュタルスが立ち上がる。そして、俺より先に教会から出て行った。迷った末に、俺も後を追うように教会を後にした。


 感情を押しとどめ、我慢しながら。


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