第28話 後継者争い 3(1)



 聖上教会……みどり市のすこし西に存在する教会である。お堅いイメージもあるが、実はかなり適当な教会でほとんどの宗教の礼拝がここで行われたりするらしい。使用される大部分の内容は結婚式らしい。


「おいおい、一人で大丈夫かよ」


 シュタルスの茶化しも、今日は真面目に返す。


「俺の戦いだ」


 決闘当日。その会場で俺の隣には、誰もいない。元より一人で挑むつもりだった。誰の手も……借りるつもりはない。7のことも、あてにしてないんだからな。


「それでは決闘の内容はこちらの箱から引いていただきます」


 審判によって、教会の祭壇の上に真っ白な箱が置かれる。上部だけぽっかり穴が開いている。よくあるくじ引きの箱だ。


「お前が引けよ、剣条」


 シュタルスが一歩退く。


「…………………………」


 箱の中に手を突っ込んで中をかき回す。何枚もの紙らしきものが感触で確認できた。その中から一枚取り出す。


「決闘内容は……『借り物競争』!」


 気の抜けるようなお題だったが、正直物騒な類じゃなくて助かった。相手はジョーカー。少しでも勝算のある方がいい。決戦の前に深呼吸をしていると、訝しげな表情でシュタルスがこちらを見てきた。


「おいおい、7がいないにしても新しい代わりのクレイグがいるだろう?」

「あいつは、俺のスートじゃない……待てよ? 何でクレイグのこと知ってんだ?」

「あ……しまっ! ゲホッ、ゲホッ! あ、こんな時に持病の喘息が急に……! ゥゲホ!」


 態度がいかにも怪しいが、スルーしておく。今聞いたところで無駄だろう。


 教会の祭壇の前には、巨大なモニターが設置され、教会内にはグリズランドの関係者が集まり始めていた。そして、審判が前に出る。


「借り物競争とは、一般的に一定の区間ごとにお題がいくつか用意されてあり、指定されたお題をクリアするものを持ち、最終的に一番早くゴールしたら勝利、というルールです。

 今回のルールはまず、この箱の中にある紙を取り、その中に書いてあるものをここへ持ってきてください。書いてある物は、市内に存在します。三回引き、先に三つ目を持ってきて、クリアした方を勝者とします。なお、持ってきたものはこの教会内の人間で審査します。もし条件に満たなかった場合は、もう一度やり直しとさせていただきます。制限時間は現在十時から夕方の六時です。なお、借り物を持ってくるときの交通手段は公共交通機関及び、バイク、普通自動車、トラックやダンプカー、飛行機での移動を禁止とします」


 赤い箱を持った審判が一通り説明し終ると、シュタルスは祭壇の前に座って、ジョーカーが準備体操を始めた。


「わざわざオレ様が動くかっての。何の為にスートがいると思ってんだよ。頼んだぜ~ジョーカー」


 相手側の戦法なんぞに、興味はなかった。さっさとこの戦いに勝って、下らない争いからおさらばしたい。


「それでは、始め!」


 審判の赤い箱の中から、ジョーカーがまず紙を取り出す。そして、続けて俺も取り出す。四つ折りの紙を開ける。


『あなたにとっての好敵手』


 すぐに頭に浮かんだ。………俺と……俺達と激戦を繰り広げた少女。


「ヒルダ――!」


 教会を走り抜け、外へ出る。どこまでが範囲なのかわからない。とにかく、中心街へ向かった。人通りの多い立体交差点に着くが、道ゆく人の中には、ブロンドの少女はいなかった。サラリーマン、OL、大学生、……行き交う人々の目を引くような外国人は、どこにもいない。せめて手がかりさえあれば………


 そんな折、ポケットが震えた。携帯の電話だった。非通知だったが、すぐに通話ボタンを押した。


『よぉ、どんな調子だ?』


 ジョーカーだった。声から焦燥はなく、余裕だから掛けたってところか。その声色がムカつく。


「もう少しで見つかるぜ? お前はどうせもう見つかったんだろ?」

『強がりはよせ。そんなにキョロキョロしてたら見つけられるものも見つけられないぞ』


 電話越しでも鼻で笑っているのがわかった。怒りで冷静さを見失う前に通話を切った。あいつは常に俺の行動を把握してるのか……


「くそ、ヒルダはどこにいるんだ……!」


 まさか携帯で調べて居場所はわからないよな……待て、電話?


「そうだ……Qに聞けば!」


 ヒルダとの戦いの間に、一度Qが電話をかけてきた。履歴が消えてないなら、きっと残ってるはず。案の定、非通知と名前のない数字だけが並んでいる欄が二つ。今掛けてきたジョーカーと、恐らくQの電話番号だ。それをもとに、電話をかける。


「頼む……出てくれよ……」


 六コール目で、野太い声がもしもしと応じた。


「Qか?」

『その声は、剣条司か』

「今傍にヒルダはいるか!」

『ヒルダ? ……あぁ、お嬢様のことか』


 状況を察したQがヒルダに電話を渡そうとするが、存在の有無さえ確認できればいい。


「今どこにいる?」

『貴様にお嬢様のことを話した丘の上だ。あ、お嬢様ちょっと――』

『剣条君、借り物競争なのですから、ちゃんとこちらに出向くのですよ? それと、一度深呼吸をして落ち着きなさい』

「お、……おう」


 いきなり電話の主が替わって驚いたが、これで一つ目はクリアできそうだ。走行中のタクシーを見つけて合図を送るが、空車にもかかわらず止まってくれなかった。


「そうだ……車はダメだったんだな」


 今更になってルール上、身体能力の高いジョーカーの方が圧倒的に有利という事に気付いた。が、そんなことは関係ない。一度深呼吸して心を落ち着かせ、俺は丘まで駆けだした。今はただ、できることをやるだけだ!


「ヒルダのやつ………元気かな?」


 走りながらふと回顧する。昔ってほどじゃないけど。否定されてたのがずっと前に思える。でも、あいつも変わったはずだ。

 丘の上にたどり着くと、街を眺める二人の男女がいた。息を切らしながら近づく。


「よ、よぉヒルダ。………何で知ってんだよ」


 ゆったりと、ヒルダは踵を返した。その一つの動作でさえ、雅と形容できる。


「全後継者候補が知っていますわ。一度負けたのにも関わらずジョーカーにお情けをもらって挑むお馬鹿さんがいると………7なしで戦っているのですから混み合った事情があるのでしょうけれど」


 しれっと罵倒された。……でも、不思議と苛つかない。こういう口調なのだろう。ヒルダは俺を通り過ぎて歩き始めていた。


「さ、教会に行くのでしょう? 早く行かないと時間が無くなりますわよ」

「そ、そうだった……急ごう!」

「―――――それがそうは行かないんだよな、これが」


 遠く離れた大空から、黒い物体が飛来した。そして、それは大鎌を持って口角を上げて優しい表情にも見えた。昼間でも金色に輝く髪が、存在感を強くしていた。


「あら、スート直々にお出迎えなんてずいぶんと粋なはからいですわね」


 ジョーカーと対峙しても、ヒルダが怖気づくことはなかった。そうだ、ヒルダには催眠術がある。あれなら勝てる。ヒルダがジョーカーを凝視したが、ジョーカーは全く効いていない様子でニヤニヤと笑っている。


「悪いがオレにはお前のちゃちな技に引っ掛かるほど弱くはないんだよ」


 振り下ろされる大鎌がヒルダを狙う。しかしヒルダの姿はなく、先を走っていた。無視、スルーなんて言葉があてはまる。


「残念ですけど、それはまたの機会にしてくださる? 私、友人のために急いでいますで………Q、後はお願いしましたわよ」

「承知しました」


 大柄なQが俺に近寄って、そして俺を持ち上げた。何をするかと思えば、Qはヒルダめがけて俺を力の限り投げつけた。


「うわぁああああ!」


 避けてくれヒルダ! ……そう心の中で叫んだが、ヒルダは軽々と俺をキャッチした。いわゆるお姫様抱っこの状態で。恥ずかしかった。


「お嬢様!」


 動かないジョーカーを他所に、Qがヒルダを呼ぶ。


「……お気をつけて」

「えぇ。後はおねがいしますわ」

「ちょ、ちょっとヒル――!」


 名前を呼ぶ前に、ヒルダは地面を蹴りあげて空高く飛びあがった。


「おいおい、ダイヤのQのスートってのは、茶に関して詳しいだけで戦闘能力は皆無だろ?」

「確かに……だがな、安心しろジョーカー。おれとて数分の時間稼ぎにはなると思うぞ?」



 

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