第36話 真面目な真似事

 しばらく待っていると、ランドが一人で戻ってきた。


「婆さんはどうした?」

「おかあさんとちょっとはなすことがあるから、そとにいってろっていわれた」


 話すことと言っていたが、服の替えや清拭せいしきを手伝ったりするのだろう。わざわざ子供前でやることでもないし、親が頭を下げているようなところを見せないように気を使ったのかもしれない。先程は勢いにやられてしまったが、冷静に考えれば何をしようとしているのか理解ができる。これでサラーナが悪人で、家の中を物色したり、それこそランドの母親に危害を加えようものなら、ルークスの目は節穴でしかない。そんな想像が一瞬でもよぎらなかったといえば嘘になるが、それならばタイミングがおかしい。ルークスがいない間にやっておくべきことだ。

 自分で自分のくだらない心配を消し去り、ランドと共に剣を持って外に出た。


「剣を見てやる。約束だったからな。とは言っても、俺にできることは、簡単な振り方を教えてやることくらいだけどな」

「おねがいします!」

「まずは構えからだな。前に教えたみたいにやってみろ」


 両手で剣をしっかり握って、身体の正面に剣を構えている。足は前後に開いて、左足を前にしている。


「そうだ。それで良い。まずはその状態で、足は動かさないで剣を振ってみろ」

「えいっ」


 緩慢な剣の動かし方だった。まだ少し木剣に振り回されているようだ。


「あと十回続けて振れ」

「いちっ、にっ、さんっ」

「そうだ、まずは前にも言った通り、剣の重さに慣れるんだ。痛めるから肘は伸ばしすぎるなよ」

「はちっ、きゅうっ、じゅうっ」

「よし良いぞ。次は足を踏み出しながらだな。右足が前になるように踏み込んで、剣を振るんだ。剣だけを速く振りすぎてもだめだからな。足を踏みしめるのと同じくらいに剣を振り下ろすんだ」

「うん!」


 足と腕の振りについては人によって表現の仕方が様々だったが、ルークスは自分が教えてもらったことを、そのまま言葉にした。足をしっかり踏みしめてから切り払うやり方もあるが、まずは移動しながら打ち合いができるような状態に持っていこうと思っていた。


「よし。次は足を逆にして、右足を前の状態から、左足で踏み込みながら切る。これを十回だ」


 足の位置を入れ替えるのは、走りながら切ったり、大きく避けてから切りつけたりする戦い方が多い冒険者には好まれる。もちろん騎士も似たような足捌きをするが、足捌きと剣の連動の仕方を見ると、騎士の剣というのは惚れ惚れするほど上手い。一部の貴族は決闘や、狭い室内で戦闘に備えて、細剣や短剣で器用に戦う練習をしている者もいる。その場合は、あまり足を入れ替えずに、剣を持つ腕と足を前に出したまま戦うことが多い。

 ただ、冒険者は別だ。魔物を相手にすることが中心であり、森で、草原で、岩場で、酒場でと、様々な場所に対応できるような戦い方が求められる。そう言うと騎士や貴族の剣術に比べて優れているように聞こえるが、実際は泥臭く、どんなやり方だろうが相手に傷をつけ、止めを刺すこと、そして自分が生き残ることができればそれで良しという、身も蓋もない実践的すぎる戦い方なだけだった。

 そもそも冒険者で剣術を含めた戦い方を、正式に誰かに習ったことがある者は少ない。先輩冒険者や衛兵経験者の知人から、なんとなく教わるというようなやり方で学ぶ者がほとんどだった。ルークス自身も少年の時に、奉公先によく来ていた冒険者から剣術の真似事を教えてもらっていたことがある。その時は夢中になってやったものの、ほとんど身につかなかった。冒険者もあまり教えるのが上手いとは言えなかった。


「今度は逆に、後ろに下がりながら剣を振るんだ。構えはどちらが最初でも良いぞ。前足を後ろに下げながら剣を振る。そうだ、それで良い。まずは一回一回丁寧にやることを心がけて、片足ずつ十回」


 このやり方は、冒険者になってから学んだというやつだ。これが一般的なのかどうかはわからなかったが、ルークスにとっては理解しやすく、反復練習をしやすい、つまり身につきやすいやり方だと思っていた。

 冒険者になってからは、を使って、元冒険者という男に師事して戦い方を学んだ。剣術にやたらと詳しかったので、もしかすると騎士の経験もあるのかもしれなかったが、聞くことはなかった。

 騎士だろうが罪人だろうが、戦い方を学ぶことができればそれで良かったのだ。男は、長剣だけでなく、槍、斧、そして片手剣、特にナイフの使い方も教えてくれた。ナイフの使い方は、ある意味で長剣よりも厳しく仕込まれたかもしれない。その男は口癖のようにこう言っていた。


「冒険者なんてのはどこで喧嘩になるかわからないからな。いつでも身につけているもので戦い方を覚えるのが一番だ。剣も斧も槍も、酒場じゃ持っていないことだってある。何よりも、長物を振り回せない時に一番役立つのはナイフだ。だからナイフを覚えろ」


 ナイフを使うような距離では、体術のようなことも使わなければならないことが多かった。拳や蹴りだけではなく、首や喉を掴む、投げる、足払いをするなど、小手先の技術のようなものも教わった。ただ、この小手先の技術が生死を分けることもあったのだ。


「はあはあ」

「少し息があがったか」

「だいじょうぶ!」

「そうか。それなら、今度は今教えたことを混ぜて練習するぞ。前に二回出る、次は二回後ろに下がる。左足前で構えろ。そこから、右足を前、左足を前、左足を後ろ、右足を後ろ。そしてまた右足を前、だ。これを二十回だ。そして、その次は右足を前にした構えで同じことをやる。どちらの足が前の状態からでも、同じ動きができるようにするんだ」

「うん!」


 ランドの返事は良かったが、前に二歩進んだ後、後ろに下がるのが難しそうだった。これはやり続けなければ慣れない。腕もような状態になっている。本当は足捌きだけを練習するのが良いはずだが、子供には足捌きだけを教えても続けられないだろう。剣術において、足の動かし方だけを練習することが剣の振り方とつながってくることを理解するには、まずはやらせてみて、なんとなくでもという実感を得ないことには話にならない。

 たとえ真似事だとしても、どうせやるなら真っ当なやり方をしたい。ルークスはそう考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る