第3章 春告げる舞姫

繋ぎ続けた呪の糸

第25話 思い詰めた友

「おはようございます」

「おはようございます、守親どの。今日はこちらからお願い出来るか?」

「……わかりました」

 出仕早々、上官に大量の文書を押し付けられてしまった。それを一度整理し、守親は各所へと分けて運んで行く。

 渡殿を歩き別棟の軒下に差し掛かった時、向こうから白い狩衣を来た数人が歩いて来るのが見えた。よくよく見ればその人々は女性で、着ている衣から白拍子を務める者たちだとわかる。

 彼女らの先頭を歩いていた姫君に見覚えがあり、守親は「あっ」声を上げそうになった。向こうも守親に気付き、少しだけ早足で歩いて来る。

「これは、守親どの。おはようございます」

「おはようございます、舞い手どの。今日は、天照殿にご用ですか?」

「ええ。帝の側近の方々と桜舞の打ち合わせを」

「もうすぐですからね。楽しみにしていますよ」

「ありがとうございます」

 舞い手としか名乗らない少女は、妖艶に微笑んだ。そして着いて来ていた他の娘たちを先に行かせ、何故かその場に残る。

「舞い手どの? どうなされましたか」

 若く美しい姫君と、こんな所で話をしていたとなれば、格好の噂の的だ。とはいえ、このまま放置して行くわけにもいかない。守親が諦めて尋ねると、舞い手の姫はにこりと笑った。

「何かある、というわけではないのですが。守親どのの妹さん、桜舞にて舞われるのですよね?」

「ああ、大姫ですね。舞い手どのの舞台、そのお手伝いをさせて頂きますよ」

 舞の練習をする暇もなく戦いに身を投じている妹を思い、守親は期待値を下げる意味でそう言った。すると舞い手を名乗る姫は、まるで全て承知だという風に頷いて見せる。

「……本当に、楽しみにしておりますわ。きっと、とても素晴らしい舞台となることでしょう」

 それでは。舞い手の姫は一礼すると、守親の傍をしずしずと歩いて行った。

(なんだ? 何か引っ掛かるが……今は考えても解決はしないな)

 姫君たちを見送ると、守親は改めて自分のすべき仕事に戻っていった。


 同日、守親は帝のお言葉を賜った。勿論帝本人から直接聞いたのではなく、彼の側近を解してだったが。

 曰く、帝は千年桜にかけられた呪がこの国にどのような影響を持つかを憂慮しておられるという。更にその憂いを取り除くべく、必要とあらば武士もののふたちを桜守の家に送ることも可能だと。

 どうだ、と問われる。守親は舌打ちしたくなるのを堪え、丁寧に言葉を選んだ。平伏し、選んだ言葉を紡ぐ。

「有り難い申し出ではございますが、これは我ら桜守が解決すべきこと。決して、この国に悪影響など出ることがないよう努めてまいります」

「ならば、桜舞は例年通り行おう。……よいな」

「はっ」

 桜舞は、春を呼び寄せるための大切な行事。中止するなどということは出来ない。例え形式的なものであっても、儀式が有力貴族の権威付けに使われているとしても。

 言葉の裏には、様々な人々の思惑が行き交う。それらを知った上で、守親は桜守の当主として了承した。

「……ふぅ」

 息の詰まりそうな打ち合わせを終え、守親は天照殿から離れた場所にあるきざはしに腰掛けていた。何処かで小鳥が鳴き、穏やかな昼下がりである。

 しかし、守親はわずかに胸騒ぎを感じていた。虫の知らせというのか、これまで以上の何かが起こるという予感だ。

「守親」

「……明信?」

 名を呼ばれた守親が振り返ると、一本の巻物を手にした明信が立っていた。どうしたのかと目を丸くする守親に、明信は思い詰めたような顔をして友の腕を引いた。

「ちょっと、こっちに来てくれ。話がある」

「わかった」

「助かる」

 守親がすぐに了承したためか、明信はほっとした顔をする。一体どうしたのかと守親が問えば、ここでは話せないとの一点張りだ。

 二つ目の渡殿を渡り、誰もいない一角でふと立ち止まった。

「少し、人目をはばかる話だ。……夕刻、お前の邸で大姫たちにも聞いて欲しい。早めに仕事を終わらせてくれ。後で迎えに来る」

「ここでは、か。何を言おうとしているのか俺にはわからないが、大変なことを知ったんだろ。俺たちが知るべきだと言うのなら、きちんと聞こう」

「ありがとう。じゃあ、後で」

 少しだけ肩の荷が下りた明信が踵を返し、守親も残りの仕事を片付けるために足早に去った。


 そして、夕刻。

 ゆっくりとした動きで桜舞の動きをなぞっていた紗矢音は、一緒に帰って来た兄と彼の友を順に見てから首を傾げた。

「兄上、お帰りなさい。明信どの、いらっしゃいませ。……どうかなさいましたか?」

「ああ、大姫。今から、少し良いか? あと、桜音どのも」

「はい……」

「僕も構わないよ。守親、怪我の具合は?」

 簀の子に腰を下ろしていた桜音に問われ、守親は軽く手を握って開いた。

「痛みは引いたし、もう大丈夫です。ありがとうございます。俺よりも桜音どのの方が酷かったのでは?」

「それならば、良いよ。僕は自分である程度は治せるから。……心配してくれてありがとう」

「いえ」

 手を振り、桜音は紗矢音に視線を投げ掛ける。紗矢音はそれを受け、こくっと頷いた。

「聞きます」

「なら、俺の部屋に行こう」

 そう言った守親に続き、明信と紗矢音、桜音が渡殿を渡った。

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