第26話 残された記録

 守親の部屋は、幾つかの唐櫃、机と円座等がある程度の簡素な内装だ。その中央に車座となった紗矢音たちは、明信が懐から取り出した巻物を凝視した。

 守親は表書きの書かれた紙がところどころ破れていること違うに気付き、そっと指で撫でる。

「これ、随分と古そうだな」

「師匠が保管していたものなんだ。あの紙片を調べていた時、見せてくれた」

 そう言って、明信は丁寧に巻物を紐解く。板張りの床に広げられたそれに一部虫食いはあるものの、読むことへの不便はない。

 明信に読んでみるよう促され、守親は身を乗り出して指で文字を辿る。

「えっと……『帝の血はひとつではなく、ふたつあった』? 何だ、これ」

「『いにしえに閉ざされたる一族』。これは、大昔に途切れたというの記録だ。ここに、真穂羅の言葉に繋がる記述があるんだ」

「真穂羅の言葉って、何でしたっけ?」

 紗矢音の疑問に、明信は応じる。

「彼は、自分について『和ノ国を真に統べるべき方にお仕えする、ただ一人の術師』と称した。つまり?」

「つまり……あっ!」

「わかったようだね。この巻物の意味が」

 肩を竦め、明信は困ったように微笑む。

 声を上げた紗矢音は、同じく驚き硬直している守親と顔を合わせた。

「つまり、あいつが仕えているっていうのは、帝の遠縁だってことか?」

「おそらく。そして彼らは、自分たちこそが正統だと信じて疑わない。ここにも書かれているけれど、大昔に戦いで敗れて消えることを余儀なくされたみたいだからね」

「大昔って、どれくらい前なんでしょう?」

 紗矢音の問いに、明信も守親も答えることが出来ない。この巻物の記述から、具体的ないつという日付を読み取ることが出来ないのだ。

 何処からか読み取ることは出来ないかと守親たちが文章を読み直し始めた時、それまで黙って成り行きを見ていた桜音がふと口を開く。

「……二百年前、桜は一度、ある呪術師によって真呪の力を奪われかけたことがある。その時は桜守が守ってくれて事なきを得たけれど、あの背後に同じ一族の影があったとするなら」

 二百年前。一度だけあった、和ノ国を守る桜の木が狙われた時のことだ。

 とある呪術師が霊力を持つ桜の力を欲して奪おうと試み、桜守によって倒されたという話が伝わっている。その後同様のことは起こっていないが、桜音によれば似た状況にあるという。

「あの時、呪術師は誰かのために力が欲しいと言っていた気がする。もう随分と前のことだけど、それだけは何となくね。ただ、それが誰を指していたのかまでは……」

「それだけわかれば充分ですよ、桜音どの。後は、本人から直接訊き出せば良いのですから」

 守親は微笑むと、おもむろに指をパキッと鳴らしてみせた。訊くとは言いつつも、その実は力づくなのだろう。

「頼もしいね」

 桜音が嬉しそうに笑い、守親もつられたように歯を見せた。そんな二人を見て、慌てて紗矢音も手を挙げて主張する。

「わ、わたしも必ず守ってみせます!」

「俺もだ。一先ず、この巻物を最初から最後まで読み解いてみたい。それから家にもきっと、この巻物と同じようなことを書いたものがある可能性も残されていると思う。それを早めに探し出して来ますよ」

「ありがとう、二人共」

 桜音の礼を聞き、紗矢音たち三人は頷き合う。そして、巻物に目を落として読み込み始めた。




 ――帝の血はひとつではなく、ふたつあった。

 ひとつは後に和ノ国を統べ、もうひとつは強過ぎる力を保持し切れずに追われてしまう。そうしてやがて和ノ国を統べる人々は、もうひとつを自分の目で確かめることもなく、日々を過ごしていく。

 人々がもうひとつを忘れた頃、呪を操る者がいた。彼はもうひとつの末裔を捜し出し、こう説いた。

 曰く、あなた方こそが正しい帝となるべき方々だ。それを世に知らしめる為に、私に力を貸して欲しい。

 呪を操る者に賛同した者たちは、やがて和ノ国の柱である桜へ狙いを定めた。桜は強い霊力を持ち、この国を守り続けている。

 彼らは桜に呪をかけ、その霊力を奪おうとした。霊力が失われれば、黄泉より出でし化生たちが沸き起こることは必須。化生を使い、帝の血統を正しく戻そうとしたのだ。

 その時、桜守は異変を察した。帝からの依頼もあり、桜を守るために自らの力を行使した。

 桜守ともうひとつの末裔の力は拮抗し、辺りに影響を及ぼした。荒廃したみやこにて、戦いは続いた。

 やがて桜守の力が末裔を凌駕し、末裔たちは何処ぞへと姿を消す。

 人々は桜守を讃え、物語を記す。これはそのひとつに過ぎない。




「──『いつか、再び呪が桜を襲う時。この記録が少しでも役立つことを願う』か。二百年前の記録だと言うが、今とこれ程ぴったりと嵌まるものなのか?」

 重要と思われる箇所の記録を読み終え、守親は天井を仰いだ。彼に頷き、紗矢音は巻物を撫でるように触れる。

「当時の方々にとっても、衝撃が大きかったのでしょう。こんなにも一致することが多いのは気になりますが……」

「もしかしたら、今回呪をかけた者もこの記録を読んだのかもしれない。だから、同じようにして出来事をなぞっているのではないかな」

「かもしれないな」

 明信の推測に同意し、守親は桜音を見た。この中で、当時を知るのは彼だけだ。

「桜音どの、あなたは二百年前は……」

「僕がきちんと目覚めたのは、ここ数十年のことなんだ。二百年前はまだ実体を持つ程には回復していなくて、おぼろげな記憶しかないんだよ」

 ごめん。桜音に謝られ、守親は慌てた。

「気にしないでください。どちらにしろ、今回の呪術師と当時のやつは別ですから」

「……つまり、呪術師。真穂羅を倒さなければならないということですね」

 紗矢音の言葉に、三人は一様に頷いた。

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