第16話 中学時代の同級生と

 あの事件から一週間が経った。俺はなんとなくモヤモヤした気持ちを引きずったままだ。ただ小梅には迷惑をかけられないから、だいぶ調子は戻したけど。

 もちろんだけど、槙宮さんからの連絡は来ない。まぁ、もう今更どうこうしようという気もないけど。ただなんかあっさり終わりすぎたというか、納得がいっていないというか……


「お前、最近ため息多いよな」

「えっ、まじ。無意識だったんだけど」

「まぁ、多いってほどじゃないけどさ。普段全然ため息なんてつかないからどうしたんだろうと思って」

「……あぁ、いや、まぁ、色々あったんだよ。色々」


 自分では全然意識してなかったけど、そうだったのか。如月には申し訳ないことをした。もっとしっかりしないと。


「あ、もしかして羽澄じゃね?」


 如月と隣り合いながら歩いていると、後ろから声がかかった。いや、ちょっと待て。誰のものか認識するより先に体が強張る。

 一瞬立ちどまったが、すぐに早足で歩き出した。如月は、声をかけられているのに俺が無視しているから、戸惑っているようだ。そりゃそうだよな。如月、ほんとごめん。でもほんと、これだけは俺……


「なーんで無視すんだよ羽澄くん」


 肩に腕がかけられた。

 どうやら捕まってしまったらしい。無視を押し通そうと思ったけど、普通に考えて無理か。

 諦めて、俺は小さく息を吐いた。こういう時は緊張しないに限る。


「ひ、久しぶりだな。田ノ下」

「おぉ、てか俺さぁ、すげぇ面白い話聞いたんだけど」






 田ノ下が話が長くなると言い出したので、俺たちはファミレスで向かいあっていた。


「中学三年? 以来じゃん。いやー、マジで久しぶりだな」

「あぁ。マジでそれな」


 ダメだ。どうしても笑顔が引きつってしまう。

 申し訳ないけど如月には帰ってもらった。最近迷惑かけっぱなしだったし、今度ジュース奢ろう。


「いやー、もう会うことなんてないと思ってたけど。意外と世界って狭いんだな」

「そうだな。俺ももう田ノ下と会うことなんてないと思ってたよ」


 てか、会いたくないと思ってたよ。


「な……他のやつらには会うんだけど、俺羽澄の連絡先知らなかったからさ」

「あー、高校上がるタイミングで携帯変えたから。ついでに連絡先とかも全部買えたんだよね」

「えー、マジで。じゃあまた交換しようよ」

「あっ、ごめん俺今日携帯持ってないわ。電話番号も覚えてないし」

「マジか。じゃあ俺の連絡先渡すから今度連絡してよ」

「……分かった」


 たぶん家に帰った直後紙屑になるであろうそれをリュックにしまう。


「で、それで面白い話って?」

「ん? あぁ。いや、三村から聞いたんだけどさぁ。お前ら、別れたんだって?」

「……まぁ、別れた」


 その話だろうな、とはうっすら思っていた。

 田ノ下は中学時代の同級生で、おそらく槙宮さんのことが好きだった。一軍なだけあってネットワークも強いだろうし、どこかから話を仕入れてきたんだろうな。実際三村は中学の同級生で、一軍だった陽キャ女子だ。


「三村が言ってたんだけどさぁ、あれ、別れたんじゃなくて別れさせられたらしいぞ」

「……は?」

「いや、なんかさぁ、あいついじめられてたらしいじゃん」

「……詳しくは知らないけど」

「俺たちもあんま知らなかったんだけどさ、当時女子の中でずっと槙宮はいじめられてたらしい。例えば一緒に遊びに行くのに1人だけ誘われないとか、グループ内のライムで1人仲間外れにされるとか」

「そんな……でもよく一緒に遊びに行く話とかしてなかったか?」

「それは槙宮が適当に話合わせてたんだってさ。三村、槙宮とグループは違ってたけど、情報通のアイツの話なら正しいだろ」


 いつの間にかそんなひどいことになってたんだ。輝くような笑顔で俺に毎日挨拶してくれてたけど、たぶんそうとう辛い思いもしてたんだろうな。

 思わぬ事実に言葉が出ない。いや、槙宮さんから聞いてはいたけど、あの時点では確定してなかったし。でもこうやって人から聞くと……


「そういえば、別れさせられたってどういうこと?」


 しばらく頭を整理するために考え込んだ末、疑問が口をついて出た。


「だからまだいじめが続いててさ。それで別れさせられたらしい。ほら、あいつら高校一緒だっただろ?」

「えっ、って、そういえばそうだったかも……」


 でもそれだったら、なんで槙宮さんは同じ高校に進んだんだろう。普通高校からは違うところに行くはずだろ。


「いやー、女子って怖ぇな」

「う、ん」


 田ノ下はわりと平坦な声でそう言った。俺から言わせてもらうと、正直お前も怖いよ。

 

 なんでわざわざ積極的に俺を捕まえて、槙宮さんの話をするんだ。

 

 正直ここで早く話を終わらせたい。でも、前のままじゃたぶんどうにもならないことも分かってる。高校の俺は中学の俺とは違って、こいつらと学校での関わりはない。それだったら……


「なぁ、なんで俺と槙宮さんは別れさせられたの」

「それはちゃんと付き合ってたのが癪だったからだろ。罰ゲームのはずだったのにさ」

「そっ……か。あ、あとなんで槙宮さんと他のやつらは同じ高校に行ったんだ?」


 たぶん本人は無意識だろうけど、田ノ下の発言はかぎりなく俺を下に見てる。分かってたけど、そういう扱いは心に来るな。

 

「あっ、たぶんそれはさ、三村が言うに、お前が」

「俺?」

「お前に危害が及ぶからって。脅されたらしい」

「俺に? えっ、でも槙宮さんは応じる理由なんてないはずじゃ」

「まぁ、その辺は知らないけどさ」


 田ノ下は無表情でジュースを啜っている。

 田ノ下は俺と槙宮さんが別れたことを知ってるはずだし、わざわざこの話をしてくるのは趣味が悪い。もしかして当てつけか?

 次から次へと出てくる事実に頭を抱えていると、田ノ下がスマホを見てあっと声を上げた。


「今から友達と遊ぶんだわ。うわっ、遅刻確定じゃんこれ。ごめん羽澄! 金払っといてくんね」


 すまんすまんと田ノ下は手を合わせる。

 こいつ……まぁ叱られてもないし当たり前だけど全然こりてないな。


「……なぁ、田ノ下」

「んだよ。急いでんだから話しかけんな」

「俺さ、一応全部保存してるんだよ、家に」

「は?」

「お前らが俺にしたこと」

「どういうことだよ、それ」

「いや、別に」


 中学時代、ちゃんと隠し撮りしておいて良かった。ナイス、俺。

 正直昔は屈していた相手だ。今でも怖い。だけど、ここで折れるのは違う気がする。たぶんやられたことの報復にはならないけど、それでも田ノ下に何か言うだけで、俺は今までの俺に勝てることになる。

 それに……なんとなく頭の端に小梅が浮かんだ。小梅だったら、小さいのに気が強いから、こういう場面でも言い返すだろうな。今回で俺は通っている学校がバレたわけだし、中学時代の同級生たちがいつ接触してくるか分からない。もしまた昔みたいな地獄が繰り返されるようなことがあれば。

 ……小梅を悲しませるような真似だけはしたくない。


「は? なにやってんだよ。払えよ」


 イライラしてきたのか、だんだん田ノ下の声が大きくなってくる。それに比例して、俺たちへの注目も集まってきた。

 

「周り、見てるよ。もしかしたら学校に連絡行くかも」

「くそっ」


 田ノ下は苛立った顔をする。でもこいつ、どっちかっていうと優等生寄りだし、動画を晒されたら困るだろう。


「払えばいいのかよ」

「うん」

 

 田ノ下は苛立ったように鞄を持ち、会計へと行った。


「あの、会計別でお願いします」


 隣から店員さんにそう告げると、田ノ下にわけのわからないような顔をされる。たぶんこいつまったく反省してないし、今のことも蚊に刺されたくらいにしか考えてないだろうな。

 でも脅して払わせるのは絶対違う。田ノ下たちと同じになってしまう。


 とりあえず今は。

 槙宮さんに連絡をして、話の真相を聞いてみよう。落ち着いて話せばまた違うことが分かるかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

10年ぶりに再会した幼馴染と、同棲することになった。~失恋したら、可愛くて優しい幼馴染に溺愛される生活が始まった件について~ 時雨 @kunishigure

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ