第15話 優しい生活
「た、だいま……」
家の中に入ると、小梅がタオルを持っていそいそと走ってきた。
「今日すごい雨やったもんなぁ。とりあえずこのタオルで体拭いて? 今お風呂沸かしてるから、体拭いたら入ってき」
「……うん。ありがとう」
どうやら小梅は、さっきの事件に触れないでいてくれるらしい。幼馴染だし、自分の恋愛に関してはそこまで深く知られたくなかったからありがたい。
なんだか小梅の顔を見て力が抜けた。ぼんやりとその整った顔を見ると、小梅がん? と首を傾げる。
「あとでなんか飲む? ホットミルクとココア、どっちがいい?」
「……ココア、かな」
食欲はないけれど、体は確かに甘いものを欲していた。答えると、小梅が少し眉を下げながら頷く。
「分かった。……晩御飯は、食べれそう?」
「……ごめん、ちょっと、食欲ないかも」
感情がぐちゃぐちゃになりすぎて、どうしても今日は食べられる気がしなかった。小梅だってあんなにもレシピを考えてくれてるのに、本当に申し訳ない。けれど、無理をしても本当にダメそうで。思ったよりも俺はさっきの告白にメンタルを削られてるみたいだ。
「そっか。じゃあ、ラップして冷蔵庫入れとくな。食べやすいもんにしてるから、お腹空いたらいつでも食べて?」
「……ごめん、本当に、ありがとう」
小梅の気遣いが身に染みるようだ。ううん、大丈夫やから、と眉を下げたまま微笑んだ小梅は、台所の方に小走りで行く。
タオルで体を拭き始めたところで、ちょうどお風呂が沸いたことを知らせる音楽が奏でられた。
ゆっくり湯舟につかると、やっと強張っていた手が動くようになった気がした。
「それにしても槙宮さん、なんで今頃……」
罰ゲームで付き合って、それで申し訳なくなって、フッて、だけどそのフッたこと自体申し訳なくなって、また謝って、ってことだろ。
正直言うと、ヨリを戻したい。今でも槙宮さんのことは好きだから。でも、たぶんまた前みたいに付き合うってことは絶対できないわけで。
だって彼女は一回俺のことを裏切った。そういう事実があるから、確実に一定の信頼感は失われた。
「槙宮さんも、イジめられてたって言ってたし」
女子の世界は俺にはよく分からない。なんとなくあー、あの子今ハブられてるんだろうなとか、空気で感じることはあるけど。
槙宮さんの場合には、そういうことが一度もなかった。槙宮さんは男子ウケが良かったから、イジめてるのがバレたらまずいと思ったのかな。うーん、分からん。
「……今は距離を置きたい、かな」
のぼせる寸前、最終的に出た答えがそれだった。
やっとフラれたときの感情を今整理しているところで、まだ完全に傷が癒えたわけではない。というか、傷は深く残っている。
もしそんな状態でまた二人で会うようになっても、絶対いいことにはならないだろうし。
「そもそも小梅と暮らしてるから、その間は無理か」
さすがに付き合ってる彼氏が女の子と同居してるのはな……いただけない。
俺は自分の出した結論に頷くと、風呂を出た。裸になった時、一番に目につくのは腕にひかれた傷跡。ここ数年、夏服だって着ていない。
「槙宮さんも、同じように苦しかったのかな」
呟いてみたけど、結局何も分からないままだった。
昨日はよく眠れなかった。なんとなくうつらうつらして、また起きて。その繰り返し。なんならフラれたときよりも精神状態はよくないかもしれない。あのときは小梅が来て、ばたばたしてたからかな。やっと疲れが出てきたのかも。
でも、ぐぅっとお腹は鳴った。のそのそと起き上がり、リビングまで行く。運のいいことに今日は休日だ。まぁ、学校があっても絶対に休んでたけど。
「御影くん、おはよう」
「うめちゃん、おはよう」
リビングに入ると、小梅が駆け寄ってきてくれた。その手には、しゃもじが握られている。
「今日の朝はおじやにしてんけど、食べれる?」
「うん……もう大丈夫。昨日から迷惑かけてごめん。ありがとう」
「迷惑とかじゃないで。でも、お腹が空いたんやったら良かった。ご飯食べよう!」
小梅は安心したように笑った。やっぱり小梅の笑顔を見ていたらいい感じに気が抜ける。幼馴染で、お互いのことをよく知っているからかもしれない。
よく考えてみたら槙宮さんのことはあまり知らないし、付き合っている間は知っている気になっていたけど、最近は本当に彼女が何を考えているのかよく分からないし。一緒にいて、好きだけど、全く疲れるところがない関係かと言われると、答えに窮する。
俺が椅子に座ったと同時に、小梅も席に着いた。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
小梅の声はいつもより落ち着いている。それがなんだか耳に優しい。
「んっ、これレシピサイトで調べてんけど、思ったより美味しいな。ノートに書いとこ」
「小梅、ノート作ってるの?」
「うん。美味しかったやつとか、自分で考えてまた次も食べたいなってなったやつとか。レシピノートに書き込んでんねん」
「そうだったんだ……」
昔はもっと男の子っぽいイメージだったし、料理とかもめちゃくちゃ練習して上手くなったんだろうな。なんかすごいなぁと呟くと、えへへと小梅は照れたように笑った。
舌触りのいい、おじやの優しい味。それにどこか懐かしい麦茶。あと、心置きない関係。
あまりにも心地が良すぎて、少しでも長く、この日常が続いてほしいなと、俺はいつの間にかそんなことを考えていた。
○○○○○あとがき○○○○○
長い間更新をしておらず本当に申し訳ありません。今後の展開に悩んだり、他の作品に手を出したりしているうちに、エタらせてしまいました。本当に申し訳ありません。
実は作者は今年受験生で、がっつり更新はできないものの、昔の作品だったら更新できるかなと考え、小梅ちゃんが大好きだったり、また作品の更新をありがたいことに望んでくださっている読者さんのお声をいただいたことなどもあって、ちょっとずつ更新していくことに決めました。
おそらく話の大部分などを忘れてしまっている方も多いでしょうが、もう少しこのお話は続く予定になりそうですので、またお暇つぶしなどに使っていただけたら嬉しいです。
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