第5話 目が覚めたら、朝ごはんが用意されてる生活。

「……味噌汁? なんで……」


 朝起きたら、いい匂いがしていた。なんだか昔を思い出して目を細める。夢か? 目が覚めたと思ったらそれも夢だったってこと、たまにあるよなぁ。


「寝るか……」


 布団を被り直す。春のベッドは最高だ。マジ愛してる。

 目を閉じて数分。足音が近づいてきた。思わず愛しの布団から上半身抜け出す。

 俺以外誰もいないはずなんだけどな。お化け? お化けって物理攻撃効くんだっけ? 今そばにある物っていったら……間接照明? 一応角はあるし、武器にはなる……

 寝ぼけた頭でスタンドライトを手に持っていると、コンコンとノックされた。ビクッと震える。


「御影くん、入ってもいい?」

「……へ?」

「まだ寝てるかなぁ。でもそろそろ起こさなご飯も冷めるしなぁ……」


 小さいようでわりとはっきり聞こえる独り言。

 あぁ、そういえば……


「おはよう」

「おわっ」


 ドアを開けると、今度は小梅の方がびっくりして、奇声を上げた。


「お、おはよう。朝ごはん、食べる……?」

「味噌汁? いい匂いしたから」

「えっと、ご飯と、卵焼きと、味噌汁。もうちょっと食べる?」

「ううん。普段朝ごはんとかちゃんと作ったことなかったしほんとにありがたい」

「ふふっ。作りがいあるなぁ」


 テーブルの上には、もう全部用意されていた。起きたら朝ごはん作ってあって、するのは洗濯物だけでよくて……なんて、昨日までだったら考えられなかった。

 ついでに。思い出したを振り切れる。


「小梅、朝起きるの早いんだな」


 味噌汁をかきこみながら時計を見ると、まだ7時半。布団教に入教している俺からしたら、考えられない時間だ。起きても13時か……下手すりゃ日が暮れてから。立派な夜型ヒューマンである。


「癖かなぁ。あと、今日お店行くって言ってたやん? 楽しみで」

「そっか。昼前には行きたいよな。たぶん混むし」

「そんな混むん?」

「今春休みだからなぁ。しかも日曜日だし。家族連れがだいぶいるかな」

「東京って人多いもんなぁ」

「うん。通学のときとかびっくりすると思うよ」


 思い出して顔をしかめる。朝の満員電車は、きっと全人類の敵だ。俺も構成員である以上、何も言えないけど。


「……でもそれにも憧れあるかも。ほら、あっこはさ、全然人おらんかったやろ? だからこう……人に揉まれるのも楽しみっていうか」

「なんかちょっと変態みたいだな」

「……ちゃ、ちゃうしっ!」

「分かってるって」


 顔を真っ赤にして身を乗り出してきた小梅を見て吹き出すと、顔を赤らめたままご飯を口に入れた。


「ほんまにちゃうからな」

「はいはい」

「……ほんまにちゃうからな!」

「そこまで否定すると逆に怪しいぞ?」

「むぅ……」


 押し黙ってご飯を食べ続ける小梅に思わずもう一度笑うと、小梅も耐えきれなくなったように笑いだした。

 昨日フラれたはずなのになぁ、なんて。

 なんか変な感覚。





☆☆☆☆☆

「うわぁぁぁぁぁ、すごい!!」

「そうか?」

「うん。うわぁ、いっぱいお店入ってる!」


 俺の家の最寄り駅から1駅。わりと大きなショッピングモール。ショーウィンドウを見て小梅が歓声を上げる。薄水色のシャツワンピースが、春の陽射しに眩しい。髪は下の方でお団子でまとめている。


「すごいすごい! どこから行く?」

「とりあえず必需品は小梅の皿と、あとは生活用品、小梅がいると思ったもの? だから……小梅が行きたいところからでいいよ。皿は割れたら危ないから最後にしよう」

「うーんでも、ノートとかは送ってもらえることになってるから……よく考えたらいるものってあんまりないかもしれん……?」

「歯ブラシは一応予備ある、し。あ、シャンプーとかは?」

「家族とずっと同じの使ってたから、御影くんがいいんやったら、ウチは同じのでいいよ」

「そっか」


 あれ、もしかして意外と買うもんない?

 よく考えたら、だいたいの物は家にあるので事足りるもんな……


「じゃあ、端からお店巡ろうか」


 小梅も楽しみにしてたし。たぶん、関係ないとこでも入って見てみる方が楽しいし。


「えっ、いいの?」

「俺だって久しぶりに見て回りたいし……」

「やった!」


 ね、行こ! とナチュラルに手を握られる。童心に帰るって言うのかな。もう俺ら高校生じゃん、と苦笑しながら、感触の変わった手をそっと握り返した。

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