第4話 とりあえず部屋片付けよっか。

 しばらくしてから、小梅が洗面所から出てくる音が聞こえてきた。

 謝りに行くべきか、そっとしておくべきか……いやこの状態で何も言わないのは普通に申し訳ない。

 俺の部屋から出て廊下をまっすぐ進んだところにあるリビングに向かうと、小梅は白いワンピース型のパジャマを着てソファに座って水を飲んでいた。小梅は身長が小さいから、肩が少しはみ出ている。膝を抱えているしよけい小さく見えるな。乾かしたてだからか、猫っ毛がいつもよりふわふわしていた。


「小梅さんや……」

「大丈夫分かっとるさっきのは事故や」

「すみません!!」


 おおっ、しっかり怒ってはる。


「もう、ほんまに怒ってないって」

「うん、ごめん……」


 くるりと振り向いた小梅は苦笑いしていた。


「同居したら、これくらいのハプニングはあるやろ。想定内や」


 ピースしてニカッと笑う小梅に、なんか力が抜けそうになった。






☆☆☆☆☆

「で、これからどうするかだよな……」

「どうするかって?」


 あれから俺はお風呂に入って、上がってきたところでこれからについて話すことにした。とりあえず家主のレイちゃんが勧めたらしいから、同居はやむを得ない。

 となれば、そもそも今日どこで寝るのか問題が浮上。レイちゃんの部屋、まだそのまんま残ってたはずだけどはね……


「家具とかないじゃん」

「あぁ、それはレイさんの借りることになってんで」


 俺の知らないところでめちゃめちゃ話進んでんじゃん。メール見てなかったから当たり前なんだけど。


「レイちゃんの部屋、たぶんめちゃめちゃ汚いぞ」

「嘘やん」

「いや、マジで」


 小梅は真顔で部屋を覗き、悲鳴を上げた。

 レイちゃんは表向き、黒髪のきっちりしたショートカットにピッタリスーツが似合うような人だから、当然部屋が綺麗だと思うのも仕方ない。しかしそれは、あくまでである。本当の彼女は、よく"俺がちゃんと生活できるか心配"って言ったなってレベルで酷い。


「あれは……ヤバいな」

「ヤバいよ」

「ほんまに、ヤバいな」

「ヤバいよ」


 レイちゃんの部屋は、まず床の踏み場がない。ついでに、ベッドにもスペースがない。基本的に、空間さえあれば全て物で埋まっているようなところである。ゴギブリもビックリだ。奴らはエサが増えて嬉しいだろうけど。


「どうしよう……」

「レイちゃんの部屋を片付けるか、俺のベッドで寝るかの2つに1つだ」

「御影くんはどこで寝んの?」

「ん? 俺はソファで寝る」

「むぅ……家主をソファに寝かすのも申し訳なさすぎるし、部屋片付けなな。いつかはしなあかんし」


 小梅は腕をまくった。白くて細いからちょっと頼りない。


「今から片付けるか」

「ん。とりあえず、物をどかすとこからやな」


 まずは目についた赤べこやら謎の竹刀やらの回収。のち、ダンボールに収納。収納棚には何も入ってなかったから、何個か箱に分類して、押し込んだ。なぜか仕事はできるらしいレイちゃんは、抜かりなく仕事道具だけは持って行ったらしい。

 この時間に掃除機をかけるのはさすがに近所迷惑だから、コロコロで手を打った。虫が出てこなかったのが、せめてもの救いだ。

 2人で協力して約2時間。地獄のようなゴミ部屋は見違えるように綺麗になった。


「レイさん、今ごろ海外の部屋はどうしてはるんやろうな……」

「ちなみに俺が月イチで片付けてこれだからな。さすがに誰も来ると思ってなかったから、最近は何もしてなかったけど……」


 2人でもう遠すぎて地球の裏側見えんじゃね? ってくらいの目をして部屋を眺める。まぁ、これで小梅の寝室は確保されたんだけど。まだ殺風景だ。


「明日、色々買いに行くか」

「なに?」

「食器とかはレイちゃんが持ってったし、あとは色々足りなそうだし」

「ほんまやなぁ。ウチもお母さんからお金はもらってんねん」

「電車乗って1駅行ったところにさ、ショッピングセンターあるんだよね。そこいこうか」

「やな!」


 がぜん、小梅の瞳がキラキラしだした。だいぶ田舎から来たんだもんな。憧れあるよなぁ。

 しばらくキラキラさせたあと、急にしゅんと縮んだ。実際縮んではないけど、なんか縮んだ気がする。なんだろ、髪かな?


「そういえば一応な、レイさんからのメールにも書いてると思うねんけどな……」

「どしたの?」

「お金の話やねんけど……とりあえず食費その他は折半で……」

「あ、うん」

「家賃はほら……レイさんの家やから……な? あとの服代とかはそれぞれやから、帳簿つけようと思うねん」

「帳簿……」


 家計簿のことだろう。


「ウチが書いてもいい……かな?」

「いや、それだと俺することなさすぎて申し訳ない、けど」

「あっ、それは気にせんでいいねんで? ウチがやりたいだけやから。もう、ほんま、家事好きやから」


 家事好きって、将来いいお嫁さんにはなるんだろうなぁ。昔の小梅から変わったもんだ。

 なんだか兄になったような気持ちで小梅を見る。よく考えたら、俺より年下だし。それも約2歳。


「じゃあ、お願いします」

「うん。頑張るわ」


 へへっと笑った小梅に笑い返す。小梅の部屋はちょうど向かいだ。自分の部屋に足を踏み入れた瞬間、後ろでカタン、と扉が開いた。


「み、御影くん……?」

「なに?」

「お、おやすみ……」


 隙間から覗いていた顔が、ゆっくりフェードアウトしていく。


 なんていうか……


「なんか、可愛くなったよなぁ」


 ただの幼馴染なんだけど、な。

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