第3話 久しぶりの手料理。

「うん。変わってない、よ」

「良かった〜」


 ほんの少し微笑む。まだキョリがあるけど、ちょっと縮まった。幼馴染の良いとこって、会ってしばらくしたら昔の雰囲気に戻るところかもしれない。

 もし本当にここで暮らしていくことになるんだったら、お互い遠慮なくいきたいし。こうして徐々にキョリを詰めていきたいところ。


「スーパーでもな、豚肉安くなっててな? めっちゃ運いいやんって思って買ってきてん」

「そうだったんだ……手伝った方いい?」

「ううん、テレビとか見てて。ちょっと時間かかるかもしらんから」


 手を洗う小梅。俺としても手伝える自信がないので、ソファに座って素直にテレビをつける。

 にしても、懐かしいな関西弁。もう俺話せないかもしれない。


「そういえば、高校ってどこなの?」

「ん〜? 高校? 星蘭女学院」

「あ、女子校なんだ」


 星蘭女学院は、俺の高校のすぐ近くにあった気がする。通っている才女たちは顔面偏差値含めスペックが高いと人気だったような。

 そういや、友達の何人かも付き合ってたな、星蘭の子と。うちの学校とは偏差値的にも近いし相性いいのかも。


「そうそう。中学まで男子ばっかりやったから」

「あ〜あっこ男女比えぐいもんな」

「そうやねん。中学、うちともう1人の女の子以外全員男子やったもん」

「マジか……」


 台所からは、コト、コト、と何かを切る音。ちょっと気になって覗きにいけば、人参を切っていた。


「……煮物?」

「うん。里芋と人参の煮物」

「懐かし」


 コンビニ飯で煮物なかなか食べないもんなぁ。そういう家庭料理、レイちゃんもあんまり作らなかったし、ほんと久しぶりだ。

 醤油? とかみりん? とかと一緒に切り終えた野菜を鍋で煮込む。


「そういや、調理道具は一式揃ってんねんな」

「海外に転勤になったとき、レイちゃんが置いてってくれたからね。料理男子になりなさいって」


 思わず苦笑する。ちなみに料理は何回か挑戦したけど、諦めた。まず才能がない。不味いわけでもないけど、美味しいわけでもなく……なんか微妙な味。ついでにめんどくさい。毎日ご飯を作ってくれる世の人には本当に感謝である。


「料理男子なぁ。良いよなぁ」

「好きなの?」

「いや、私は作りたい派やけど。最近増えてるなぁって思って」

「確かに」


 小梅が作りたい派、だというのも何となく分かる気もするし。昔は山を駆け回っているだけだったけど。全体的に女の子らしくなったというか……それは当たり前か。10年も経てば。可愛らしい白いニットと細身のジーンズもよく似合ってる。

 キャベツをザクザク切り、皿の半分に盛り付け、あとはご飯を炊いたり、味噌汁を作ったり……圧倒的なスピードで、でも丁寧に作られていく料理たちを、ただ後ろから見る。

 最後に今日値引きされていたという豚肉の筋を切り、軽く塩コショウで味付けして衣をつけて揚げれば……


「よし! できた!」

「うわっ、うまそ〜」


 10年前から変わらない、俺の1番好きな料理――トンカツと、煮物、味噌汁、ご飯が完成した。まるで料亭とかで出てきそうなツヤと盛り付けだ。


「はや食べよ〜。トンカツ冷めたらあかんから」

「おしっ、運ぶわ」


 テーブルに座る。こんな手の込んだ料理、本当に久しぶりだ。


「「いただきます」」


 手を合わせて、まずはトンカツを一切れ、口に運んだ。


「うまっ!」

「ん! 今日は上手くいった!」


 いや、マジで本当に久しぶりだ。美味しいご飯。よく久しぶりに手料理食べた人が泣くっていう描写、漫画とかドラマとかであるけど、今ならめちゃくちゃ共感できる。特に味噌汁。なんだかほっとするというか。


「美味しい?」

「うん、めっちゃうまい」

「良かったぁ」


 小梅は、その日1番の笑顔を見せた。





☆☆☆

 とりあえず小梅は家に泊まることになった。そうするしかないし……本当に俺の家から学校に通うのか、と尋ねると、満面の笑みでうんっと頷いたから困る。もう少し危機感持ってくれ。

 ついでにご飯も毎日作る、掃除も毎日する、と言い出した。俺は洗濯物をする権利だけ手に入れた。信用されてないな、これは。

 小梅が風呂に入っている間、聞こえてくるシャワーの音にほんの少し悶々としながらテレビを見る。


――いくら幼馴染とはいえ、さぁ。


 久しぶりだから半分他人みたいなもんだし、倫理的? にOKなの? いいの、ほんとに?


 今はハートブレイクで無気力状態だけど、復活したらどうすんだ。どうもこうもしないけども。俺は何かするつもりはないけどさ。

 はぁ、っとため息をついてペラペラ喋り続ける芸人の顔を観察する。この人、鼻の穴の横に実はホクロあったんだな。新発見。ボケが大ウケしたらしいニッコリ笑顔のそいつを見ながら、同じくニッコリ笑顔の小梅を思い出す。

 でも、いま小梅が来てくれて良かった。色々考えなくて済む。小梅が来ないままだったら精神的にもっとダメージ食らってただろう。何日か寝込んで果ては廃人になってたかもしれない。

 芸人が熱湯風呂に押し込まれるのをぼんやり見ていると、唐突にドン、と風呂場から音がした。コケたのか?


「大丈夫〜?」


 聞いてみるけど、返事はない。もし倒れてたらどうしよう。119? 110? えっ、どっちだっけ? どっちにかけても、どうにかはしてもらえるんだっけ?

 わたわたテンパるけど、未だ沈黙が流れている。えっ、ガチで倒れてないよな?


「なぁ、マジで大丈夫?」


 さっきよりも大きな声をかけるけど、またもや返事はなし。

 脱衣所の前のドアを叩く。


「入るよ?」

「……えっ?」


 ガラッと一思いに扉を引くと――


「えっ、えっ、えっ、」

「あっ、ごめっ、その……」

「えぇっ……えぇっと……えぇっと……………っ!! バッ、バカッ……?」

「ごめん俺は何も見ていなかった!」


 下着姿で固まる小梅。

 軽く頭を抑えて女の子座りで座っていたのは、コケて頭を打ったからだろう。傍に髪をとくブラシが落ちている。返事がなかったのは、痛みに耐えていたのかもしれない。

 耳からじんわり赤くなっていくのを見て、慌てて扉を閉める。

 とりあえず部屋に駆け込んで、ドアを閉めた。


「胸でか……」


 うん。俺は何も見ていない。虚無だ虚無。虚無虚無プリン。

――白い生地にピンクのレースのブラとかお揃いの総レースの薄ピンクのショーツとか推定Eはありそうな胸とか、俺は何も見ていない――

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