第6話 照れてる小梅とエプロン。

 大きな商業施設の自動ドアを抜けようとして、小梅ははたと気づいた。手には、暖かな感触。


(あっ、そっか手繋いでるんや……)


 はしゃいで半分無意識に繋いでしまったけど、今さら恥ずかしくなってきた。けど、自分から繋いだくせしてほどく、というのもしたくない。


「と、とりあえずそこ入りたいな……?」

「あ、うん分かった」


 手汗よ止まれ、と願いながら、入ったのは目についた可愛らしい雑貨屋。ファーのイヤリングや、可愛らしいクマやうさぎのキーホルダーに目を奪われる。都会の洗練された"可愛い"に、小梅は顔を綻ばせた。

 周囲の暖かい目線にも気づかず、物色していく。手を繋いだまま。

 そのうち、小梅の視線は一つに定まった。


「欲しいの?」

「あ、いや……」

「確かに可愛いよね」


 白いエプロン。下の方にフリルが付いていて、ピンク色のリボンが編み込んである。今小梅は、母からもらった変な柄のエプロンしか持っていない。だから欲しい。欲しいけど……


「でも、違う店行こっかな。いっぱい見て回りたいし」


 よく考えたらこれから新生活が始まるのだ。必要になるものも、今後もっと出てくるだろう。いちいち買っていたら、お金なんてすぐになくなってしまう。

 エプロンから小梅は目を逸らした。振り切るように、御影の手を引っ張る。


 別の雑貨屋に、服屋に本屋。お腹が空いてフードコート。順々に巡っていく。楽しくて仕方ない。1か月前は想像もしていなかった状況だ。東京に行けば、御影に再会できるかも、くらいには思っていたけど……


「……あ」

「どしたん?」

「ゲームセンター行っていい? 俺、クレーンゲーム得意なんだよね」

「そうなんやぁ」


 御影はクレーンゲームが得意なのか。知らなかった。当然だ。10年のブランクは大きい。小梅はほんの少し手の力を強めた。

 御影はこのショッピングセンターをよく知っているらしい。迷うことなくゲームセンターに辿り着いた。


「何かしたいのある?」

「御影くんは?」

「うーん、俺はクレーンゲームがしたいだけだからなぁ」

「じゃ、じゃあ、あれ……」


 小梅の視線の先は、大きなうさぎのぬいぐるみ。

ふわふわしている。


「取れっかなぁ……」

「……難しい?」

「いや、たぶん、いける? タグ狙ったらワンチャン」


 確率機の前に立つ。

 1回目……は、落ちた。アームがタグに入らなかった。2回目もダメだ。頭を掴んだけど、途中で落下。思わずゴクリと唾を飲み込む。

 3回目で穴のすぐ近くまできたけど、やっぱり落ちた。


「難しいかな……」

「うーん、重いかも。でも、5回目までやってみる。100円の台だし」


 そして、4回目。アームはぬいぐるみをしっかり持ち上げた。無事穴に落ちていく。


「おぉっ……!」

「よしっ」

「すごい! 天才! 神! すごい!」


 テンションが上がって、思わずちょっと跳んで手を叩く。クレーンゲームなんてほとんどが取れないから、目の前で達人技を見て興奮した。御影が少しだけ恥ずかしそうに、ゲットしたぬいぐるみを取り出す。そのまま小梅の手にそっと持たせた。


「……へ?」

「え?」

「い、いいの……?」

「うん。だってそのつもりだったし……?」


 御影はキョトンとしている。

 ぎゅっと両手でぬいぐるみを抱え直した。ぬいぐるみから、じんわりと"熱"が伝わってくる気がする。暖かくて、離したくない。


「……嬉しい。ありがとう」

「……どういたしまして」


 御影の顔を見上げると、ぽんぽんと頭を撫でられた。数秒して、撫でられた場所に手をやる。固まっていると、御影は置いてくぞ〜、と先に歩き出した。

 うさぎを抱えたままうなずき、急いであとに続く。ズルい。ズルすぎる。10年の間に、何があったんだろう。


(もっと早く来れば良かった)


 こんなんなら、このカッコよくなった幼馴染はきっとモテてしまう。もしかしたらもう彼女だっているかもしれない…………人に取られるのは、何か嫌だ。ただの幼馴染だけど。

 小梅は歩きながら、ちょっとだけ、うさぎに顔を埋めた。今だけはなぜか顔を見られなかった。






☆☆☆☆☆

 最後に寄った雑貨屋とスーパーで必需品だけ買って家に帰った。さすが東京。なんでもある。


「あっ、そういえばうめちゃん」

「……! なに?」


 久しぶりにうめちゃんと呼ばれた。ちょっと高くなった声を隠すように首を傾げる。初日は反射だっただろうからノーカンだ。


「これ、引越し祝い……って言うんだっけ?」

「え?」


 渡された包み。プレゼント包装されているものだ。

 御影の顔を見つめたらうん、と頷かれたから、たぶん開けていいよってことなんだろう。

 丁寧にシールを剥がす。中から出てきたのは……


「これっ、いつの間に!?」

「うめちゃんがトイレ行ってる間。近かったし。本当に欲しそうな顔してたから」

「着てみてもいい? 今からご飯作るから」

「うん。着て着て」


 紐を首にかけ、後ろでリボン結びをする。小梅が不安げに御影を見つめると、彼はおおっと声を上げた。


「似合ってるじゃん」

「ほんまに……?」

「うん。


 可愛い、可愛い、可愛い……

 頭の中で何度も反芻する。

 顔が沸騰しそうになって、小梅は逃げるように台所に向かった。


「どしたの?」

「い、いや、お腹空いたなぁって……」


 御影の声に上ずった声で返す。

 嘘だ。お腹は空いてるけど、そこまででもない。今日買ってきた食材――卵とケチャップ、お米――を前にして、小梅は手で顔を覆った。


(もうはずやのに……)


 晩御飯をオムライスというチョイスにしたのも、新婚さんみたいで恥ずかしい……とまで考えて、小梅は顔を振った。何考えてんだ自分。しっかりしろ! まずはオムライス作らな……新婚さん、若奥様……じゃない。違う。もっと集中しなきゃ。

 


 結果、その日1日、ご飯を食べている間でさえ目が合わない小梅と、寝る前にぬいぐるみを抱えながら足をじたばたさせる小梅が出来上がったのだった。

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