あとがき(2) ゆうき

※ゆうき=天上です。当時この筆名は存在しなかったため、原文ママで失礼致します。


☆ ☆ ☆


 小説に限らず、音楽でも何でもそうだと思いますが、共同作業というものは、信頼に足る相手としかできないものだと思います。

 それは、腹の内をどこまでも読み合える、という意味ではなく、自分の方からは決して見えない相手の領域を、それがどの程度の広さ・深さの領域であれ、その領域の存在を全肯定できる、という意味です。


 私は普段、知らなくて見えない領域を持つ他人は怖いので、そこへボールを投げたりはしません。黙ってボールをいじくりながら通り過ぎます。(何せ根暗なもので……)

 けれど、「この人なら」と思える相手には、とにかく自分の持ち球を全て使って投げてみます。直球でも変化球でも、速球でも遅球でも、あらゆる選択肢を使って何とか相手に届かせようと思います。 

 けれど、ボールは、時には届かない時もあります。

 ワンバウンドしてどうにか届く時もあれば、逸球される時だってあるし、暴投だってありうる。(もちろん、逸球なのか暴投なのか判断に困るような状況も……)


 私が思うに、「信頼」というのは相手が必ずボールを受け止めてくれる、ということではないんです。

 相手がたとえボールを受け止めてくれなかったとしても、またはボールが相手に届かなかったとしても、再び次の投球動作に入っていける。そういうことだと思います。

 

 私にとって、みかんちゃんはそういう相手です。

 彼女のような素敵な「未知の領域」を持っている相手と共作ができた私は、とても幸せ者です。


 とはいえ、終始楽しいことばかりだったわけではありません。

 続きが思いつかなくて頭をかきむしることもあれば、早く書いてみかんちゃんに渡さなきゃいけないのにどうしても書く気になれずに憂鬱になたりもしたし、自分の全く知らない「昭和三十年代の日本」という世界を想像力とわずかな資料のみを頼りに構築するという難業に耐え切れず筆を折りたくなった時もありました。


 それでも、こうして完成させることができたのは、彼女が私のことを信頼して待っていてくれたからだし、私も彼女を信頼して走り続けることができたからです。(何だか「走れメロス」みたいだな……笑)


 綻びや粗も多々あるとは思いますが、精一杯頑張ったことだけは間違いありません。

 この共作を通じて、私はまた「信頼する」ということの大切さを身をもって学びました。抱えきれないくらい、大きな収穫です。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。



 2009年7月26日 音速ラインを聴きながら

 ゆうき


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