第3話 念願の笹

 玄関の方で音がした。

「おじいちゃんかな」

 トントンと廊下を歩く足音が近付いてくる。

「やれやれ、今日は小学校が三校も見学に来て大変だったよ」

 そう言って部屋に入ってきた祖父は、ポロシャツにズボンといういでたちだ。ポロシャツには、宮瀬牧場と書かれたロゴが入っている。


「こんにちは」

「あれ、あさみじゃないか。いらっしゃい。今日はどうしたんだい」

 清彦は急に笑顔になり、あさみを見て、それから綾子の方に向いた。

「ご苦労様です。あさちゃんはね、うちの笹をもらいたくてわざわざ来てくれたのよ」

「ほう、笹を。それはまたなぜなんだい」

 あさみは恥ずかしくてうつむいてしまった。

 綾子には言えたが、祖父の清彦には笑われるのではないかと思ったのだ。

「ふふふ、あさちゃんは真剣なのよ」

 綾子が助け舟を出し、説明する。


「そうか、あさみはませてるなあ」

 清彦はうんうん頷きながら笑う。

「よし、おじいちゃんに任せろ。立派な笹をあげるよ」

 ついておいで、と手招きしながら清彦は廊下に出た。

 あさみもそれに続く。やっと手に入るんだ、と思いながら廊下をずんずん進んだ。


 この家の裏には砂利が敷き詰められたちょっとした日本庭園があった。庭園と呼ぶには小さいものだが、石灯籠や池がある。

 砂利が敷き詰められた壁側の一角に笹が植えてあった。大人の背丈くらいの笹である。

 清彦の手には、物置から取ってきたのこぎりが握られている。

「危ないから、どいてるんだよ」

 きよひこは中ほどの部分を持って、一気に引いた。細い笹はすぐに切られ、それはたちまち七夕の笹に変身した。

「わーい、おじいちゃん、ありがとう。これがほしかったんだ」

 うれしくて、あさみは笹をわざと振ったり、その葉をさわってみたりした。笹を揺らすたびに、シャラシャラと音がしてとても気持ちがいい。

「よかったな。こんなに喜んでくれるんなら、また来年も取りにおいで」

「うん」

 念願の笹を入手して、あさみは有頂天だった。

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