第九章 再び、200×年、祖父母と孫

第1話 祖母の作品

「へえ、おばあちゃんが昔、京都に行ってたなんて全然知らなかったよ」

「おや、お母さんから聞いてなかったのかい」

「ぜんぜーん」

 時計の針は三時五十五分をさしている。


「京都ってものすごく遠いんでしょ。あさみ、行ったことないけど」

「宮城からは遠いね。なにせ、北と西だもの。でも、昔はもっと遠かったね」

「どのくらい?」

 あさみは、かりんとうをポリポリかじりながら聞いた。かりんとうは祖母の家に行くと決まって出される定番のおやつだ。家では食べたことのないお菓子だが、すぐに気に入った。


「東京までの夜行と、東京から仙台までの急行を合わせて十五時間くらいだったかしら」

「えぇ~、そんなに?」

「そうよ、大変な長旅だよ」

「お尻、痛くならない?」

「そりゃあ、痛いよ」

 麦茶のおかわりを入れながら綾子は笑う。

 思えば、孫とこんな風に長く話したことは今までなかったような気がする。

 利発な子で、こちらの話をよく理解してくれるからつい、難しいことまで話してしまった。


「それで、どうして宮城に戻ってきたの? 職人さんだったんでしょ」

「ふふふ、あさちゃんは鋭いね」

 それに、年の割にしっかりした子だ、と綾子は思った。先程の笹の話といい、大人びている。


「おばあちゃんね、伝統的な織物ではなくって、新しい織物を始めてみたくなったんだよ」

「新しいって?」

「たとえば、そこにあるタペストリー」

 そう言って、あさみの後ろにあるタペストリーを指差す。

 淡い水色のグラデーションの中に、星のような模様が織り込まれている。黄色や薄いグリーンの星は光の加減で光沢が現れた。


「これはね、伝統的な織り方でほとんど織ってはいるんだけど、デザインや使う糸は洋風なのさ」

「すごいきれいだね。これ、糸がきらきら光ってる」

「そうなんだよ、今回初めて光る糸をところどころ使ってみたんだよ。それでね、おばちゃん、京都では伝統的な織物を織っていたんだけど、暇をみつけては自分の考えた織物を織っていたんだよ。こっそりとね。でもある日、親方に見つかってしまってね」

「怒られたの?」

「それが怒られるかと思ったのに、親方はおばあちゃんの織った織物をじいっと見てね、しばらく黙っていらっしゃったんだけど、展示会に出しなさいっておっしゃったんだよ。伝統的な織物じゃないから、こんなのは出してはいけないし、何より親方の恥になりますからって言って断ったんだけど。でも、親方がどうしてもっておっしゃるから、出させてもらったんだよ」

「へえ、おばあちゃん、すごいね。どんな織物だったの?」

「ひまわりの織物だよ。大きなひまわりをこう、いくつも散らして……」

 綾子はぽんぽんとひまわりの花を置くように、手を動かした。


「それでね、そのおばあちゃんの織物がね、賞をいただいたんだよ。技巧特別賞という賞をね……」

「えぇー、すごい」

「賞をいただいてから、おばあちゃんに個人的に注文が入るようになってね。そりゃあ、うれしかったよ。それからは昼間は伝統的な織物を織って、空き時間は注文をいただいた織物を織っていたんだよ。でも、親方に申し訳なくってね……」

「どうして? 注文が入ったんなら、親方も喜んでくれるんじゃないの?」

 あさみは首をかしげた。


「もちろん、親方はとても喜んでくださったよ。でも、注文をいただいているのは伝統的な京都の織物じゃなくて、おばあちゃんが勝手にデザインした創作織物だからね。実際、別の親方からは非難されたこともあったんだよ。やっぱり、室町時代から続いている西陣の職人の世界を汚しているからね」

「おばあちゃんの織物はあんなにきれいなのにさ、認めてくれないなんてひどいね」

 あさみは職人の世界は変だと思った。

 きれいなものを作ることができるなら、それでいいではないか。

「伝統的な昔ながらの世界だからね。仕方ないんだよ」

 綾子は目じりを下げ、苦笑した。

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