第6話 再会の言葉

 時間が過ぎるのはあっという間だった。時計を見ると、既に三時を回っていた。夢中で見ているうちに、二時間も経ってしまっていた。

 綾子は慌ててデパートを後にし、七夕祭の盛況から背を向けるようにして、市電の改札を通った。


 高校時代は毎日電車通学をしていたから、仙台から家までの行き方は慣れたものだった。きっと今でも始終考え事をしていたって、家に辿り着くことができるだろう。移動を続けているために足取りこそ弱々しくなってきてはいるものの、不思議と気持ちは強く持ったままだった。いや、むしろ一層強くなっていると言っていい。

 考えるのは、ひたすら織りのことだった。

 職人たちの華麗な作品の数々。あの次元にまで達するには、今の自分では到底無理だ。まるで足りないことだらけだ。技術はもちろん、気概、精神力、体力、美的センス。

 もっともっと勉強しなくちゃ。もっともっと腕を磨かなきゃ。もっともっと強くならなくちゃ。

 もっともっと……。


 何度、頭の中で「もっともっと」と繰り返したことだろう。

 いつの間にか、綾子は実家の最寄り駅である泉駅に到着していた。本当に、上の空のまま辿り着いてしまった。

 やっぱり自分はどこかふわふわしたところがあるらしい。こういうところも、いけない。

 綾子はため息をつくと、駅員に切符を渡して、うつむいたまま改札を通った。

 二、三歩足を踏み出して、ふと、見覚えのある黒いズックが視界に入った。

 綾子は目を開き、そろそろと視線を上げた。


 そこには、清彦がいた。

 行き交う人の中、ひょろっと立っていた。水色のポロシャツを着て、ジーンズを履いて、髪は最後に会った時より短くなっていたけれど、あのいつもと変わらない優しい眼差しで、真っ直ぐに綾子のことを見ていた。そこだけ、光が射しているみたいだった。

「おかえり」

 清彦はそう言って、目を細めた。ただでさえ柔らかい目元が、笑うとさらに甘くなった。


「……どうして?」

 綾子の口からかすれた声が漏れた。清彦は気恥ずかしそうに頭を掻いた。

「八日に帰ってくる、って手紙くれただろ。……だから、迎えに来た」

「いつから待ってたの? うそ、やだ、私、ちゃんと言ってなかったから……あ、そっか、お祭り一緒に行こうって自分から誘ったのに、私ってば……」

 綾子は咄嗟のことに頭が回らず、口の中で呟くように言葉を並べ立てた。鼓動がどんどん速まっていく。

「綾子」

 おろおろする綾子を制止するよに、清彦は綾子の両肩に手を掛けた。触れた瞬間、その華奢な感覚に、手が熱くなった。

「そんなことはいいんだ。俺、暇だから、待つのなんて全然どうってことないんだ。それより、ちゃんと言ってよ。俺もおかえりって言ったんだから。帰ってきたんだろ?」

 綾子は初めてまともに清彦の目を見た。心臓が締め付けられるように縮んだ。

 唇をきゅっと結んだまま、綾子はこくりとうなずいた。

「ただいま」

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