第5話 百貨店の展示会

 仙台駅のホームに着いて、綾子は「四か月ぶりでもあまり変わっていない」と思った。大通り、商店街、店の看板、路面電車。何もかもが自分がかつて馴染んでいたままの姿だった。

 ただ一つ違うのは、今日が七夕祭であるということだ。

 ホームからでも、溢れんばかりに飾られている煌びやかな七夕飾りと、人混みでごった返している大通りが見える。綾子と同じ電車に乗っていた客の中にも、七夕祭目当ての観光客がたくさんいるようだった。

 改札を通ると、思わず観光客と共にお祭りの方へとふらふら行ってしまいそうになったが、綾子は気を確かに持って、人混みをかきわけるようにして、杜乃もりの百貨店へと歩みを進めた。


 西陣織展示会は、杜乃百貨店の五階の催事場で開かれている。綾子は着いたばかりの足で杜乃百貨店に行った。

 ここには子供の頃、よく家族で来たものだった。エレベーターガールの制服までもが懐かしい。

 エレベーターを降り、受付で西陣連合組合の名前を告げた。入場料が無料になるというのは本当だった。

 七夕祭の方に人が集中しているためか、展示会は思ったよりもずっと閑散としていた。客は綾子以外に四、五人いるだけだ。


 足を踏み入れると、色とりどりの着物の数々が目に飛び込んできた。

「わぁ……!」

 綾子は思わず小さく声を漏らした。ゆっくりと足を進めて行った。

 真っ先に目を惹いたのは、水色が滲んでいるような帯だった。綾子は近付いて、食い入るように眺めた。淡い水色を基調としながらも、緻密に銀色の糸が織り込まれているところは薄氷の張った湖面を思わせる。色の濃淡が絶妙で、織り目をまるで感じさせないほどなめらかな帯だ。

 まるで平面に水彩画を描いているみたいだ。綾子は、一流の織り職人の作品を見る度にそう思う。けれど、よくよく目を凝らしてみると、ここはハツリ織り、ここはボカシ織り……昔ただ着物に憧れていただけの時分には絶対に分からなかった工程が、うっすらと頭に浮かぶのだった。

 綾子は鞄からまとめノートを取り出し、その帯の作者の名前と、織り方の特徴を掻き付けた。そしてまた、その帯に限らず、他の作品についても同様に、思いつく限りのことを断片的に次々とメモをしていった。

 いつかは私も、こういう展示会に自分の着物を出すんだ。

 綾子は一つ書き付ける毎に、その思いを強くしていった。

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