第2話 宙吊りの時間

 土曜日は工房も、学校や会社の例に漏れず半ドンだ。

 昼食の後片付けを終えると、綾子にも自由な時間が与えられる。

 初めの一、二週間はこの空いた時間を何に費やしたらいいのか見当がつかず、川沿いを散歩したり昼寝をしてみたりした。

 しかし、香奈がこの時間を織物の勉強に充てているのを知ると、綾子も、織り方の名前、その特徴、色名などその週に自分が知ったことを工房近くの文具店で買ってきたノートにまとめるのが習慣になっていた。

 そして、そのノートは綾子が熱を出した日以降、平日の夜のちょっとした細切れの時間にも開かれ、記されるようになっていたのだ。


 落ち込むわけにはいかない。少しでも前に進まなければ。

 夜ごとノートを開くたびに、綾子は自分に言い聞かせる。

 そして、いまだ来ない清彦からの返事のことを思った。

 今日こそは来るだろうと思っていたのに、その予想は外れ、布団の中でも手紙のことを考える。

 そうしている間にいつのまにか眠ってしまい、朝になる。

 今日こそはと、夕方届くだろう手紙のことを思いながら、織機おりきに向かう。


 来ない返事に悶々としながら、夕方の配達を楽しみに織機の前に立つ日々。

 不思議と、以前のように失敗をすることが少なくなっていた。

 清彦からの返事が来ないから、頑張れるのだろうか。

 夕方の配達がそんなに励みになっているのだろうか。


 もし、手紙の返事が来てしまったら、元通りになってしまうのではないか。

 そんな妙な心配をし始めた今日、返事が来た。


 香奈から封筒を渡され、土曜日の郵便配達は無いものだと思い込んでいた綾子は驚いた。

 土曜日は昼前に配達があるのだという。

 香奈にからかわれ、開けるのをためらっていると豆腐屋のラッパの音が鳴った。

 良子に頼まれていたので、急いで豆腐屋を追いかけた。


 そして、綾子の前の文机ふづくえの上には清彦からの手紙がある。

 白い封筒に、ちょっと右上がりの清彦の字で自分の名前が書かれている。

 香奈はやはり、気を遣ってくれたのだろう。

 からかわれると恥ずかしいが、姉のように思っている香奈の心遣いが嬉しかった。

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