第4話 七夕の記憶

 綾子と七夕祭りに行くのは初めてではなかった。

 と言うか、小学生のうちは毎年、清彦と綾子と、それから祥子と綾子の弟たちの五人で行っていた。

 清彦にとっては、祭りというのは漠然と「お隣のアヤちゃんと行くもの」であったのだ。

 その頃、清彦と綾子はお互いに純粋な幼馴染であり、相手を異性として意識したことなど殆ど無かった。


 綾子は自分の浴衣を可愛くない、と嫌がっていた。

 どうして周りの子みたいに、桃色や山吹色じゃないんだろう、どうして紫陽花や向日葵の模様が入っていないんだろう、とお祭りの季節が来る度に唇を尖らせていた。

 けれど、清彦は言葉にこそしなかったが、綾子には綾子自身の浴衣が一番似合っているように思えた。

 紺色と黒の市松模様……このシンプルで端整なデザインが、彼女の奥ゆかしさを一層引き立てていた。

 あの時、「似合ってるよ」と言ってあげればよかったのかもしれない。


 だが、結局言う機会には恵まれなかった。

 中学一年の時、同じ学校の同級生に祭りで一緒にいるところを目撃され、翌日異常なほどに冷やかされたのだ。

 登校したら、教室の黒板に相合傘が書かれているわ、美空ひばりの「お祭りマンボ」の替え歌でわっしょいわっしょいとはやし立てられるわで、全く散々だった。

 最悪だったのは、その冷やかしに耐え切れず、とうとう綾子が教室で泣き出してしまったことだ。

 清彦は綾子を可哀想だと思ったが、慰めの声を掛ければますます冷やかされるのは必至で、ただ唇を噛んで気にしない振りをして、なおも冷やかし続ける同級生に、

「しずねごだ! おだってんじゃねぇ!」(うるせえ! 調子に乗んな!)

 と吐き捨てるのが精一杯だった。

 結局、騒ぎは先生の登場で収まったのだが、それ以来清彦は綾子と一緒に何かをしたり、どこかへ行ったりすることを避けるようになった。

 そして皮肉にも、そのことで初めて、清彦は綾子を異性として意識するようになったのだ。

 それまで何とも思わなかった綾子の一挙手一投足に、心を動かされるようになった。

 綾子の一言一言が、重みを持つようになった。

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