第3話 目蓋の肖像

 清彦は、午後の大教室での授業を受けながら、ずっと上の空だった。


 綾子の手紙は、素直に嬉しかった。

 遠い京都の地で、夢だった織物職人を目指して綾子が悩みながらも一生懸命頑張っている様子がうかがえたからだ。

 清彦は頬杖をついたまま、目蓋を閉じた。

 目蓋の裏に、綾子の姿を思い描いてみる。


 細く長い指で、糸を絡め取りながら、一本一本丁寧に織り込んでいく。

 白い肌に汗をにじませた、真剣な横顔。

 きっと紺色かえんじ色の地味なブラウスを着て、化粧っ気も殆ど無く、お下げにした長い髪を時々思い出したかのように手で撫で付けるのだ。

 彼女の目の前にある斜めにしまが入った綾織りの布は、よく見るとまだ幾分織り目が粗く、まだほんの数センチしか出来ていない。

 けれど、その繊細な柔らかい生地は、きっと誰より綾子に似合うのだ。

 自分の弱さを認めながら、何かを守りたいと言う彼女に。


「お祭り、一緒に行ってくれませんか」

 清彦は頭の中で手紙の最後の一文を再生して、顔が熱くなった。

 はやる胸を抑えながら、いいに決まってるじゃないか、今更水臭いな、と目蓋の裏の綾子に呼びかけるように胸の中で呟いた。

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