第五章 196×年、京都のポスト、仙台の学食

第1話 朝の風景

 廊下と障子を隔て、窓からほのかに差し込む光の白さが増してきた。空が明るくなってきたのだろう。

 遠くで、スズメの鳴き声がする。今日も兄弟で、じゃれながら雨樋あまどい伝いに飛び回っているのだろうか。


 織物工房の朝は早い。

 香奈を起こさないように、綾子はそっと布団の中から抜け出た。手早く身支度を整え、階下の洗面所に向かう。

 鏡の中には、いつもの綾子がいた。口の端を上げてみる。

 よし、大丈夫だ。


 台所の三和土たたきに下りると、良子がすでに朝食の支度をしているところだった。

「おはようございます。昨日は申し訳ありませんでした」

「あら、綾はん。もう大丈夫なんか」

「はい、もうすっかり。私、お味噌汁を作りますね」

「おおきに。頼むわ」


 こちらでは味噌汁は白味噌を使う。慣れない京風の味付けだったが、毎食の料理の手伝いをするうちに綾子はいつしか親しみを感じるようになっていた。

 だしに使ったいりこは、小皿に入れてよけておく。親方とミイ太の逢い引き用だ。

 豆腐、にんじん、京菜を切って鍋の中へ入れた。あとは、盛り付けのかまぼこを切って、出来上がりを待つだけだ。

 そろそろ二階のほうが騒がしくなってきた。兄職人たちが起きてくる頃だ。

 人数分の器を用意する。親方と良子、そして兄さん職人と香奈と自分とで十人以上にもなるのだから料理の数だけ食器を用意するのは結構大変だ。

 郷里では父母と弟二人との五人暮らしだったため、綾子にとって、この大所帯はまるで別世界のように感じられた。

 しかし、親方を筆頭に皆それぞれ織物に打ち込むこの工房の空気は嫌ではなかった。

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