第2話 綾子の里心

「綾ちゃん、あんた何言うとるん。そないな早う、極められるわけないて」

「でも自分でも、覚えが悪いって思うんですよ。親方にも半ば呆れられているし……」


 そうなのだ。初めは笑っていた親方の目が最近は違う。

 どこか冷たいし、覚えの悪い弟子を取ってしまったと後悔しているのではないだろうか。


「あんなー、今から音を上げてどうするん。うちかて始めたばっかりの時はえらい下手やったんよ」

「え? 香奈さんが? あんなに上手いのに、嘘でしょう」

「ううん。なんべんも失敗したし、覚えられんかったよ」

「ほんとに?」

「二週間くらいでできるんやったら、職人はいらんよ」

 そう言って、香奈は盆とともに立ち上がった。


「そや、これ。綾ちゃんに渡そうと思っとったんや」

 

 便箋びんせんつづりと封筒だった。


「これで、郷里のお父はんお母はんに手紙を書き」

「え?」

「綾ちゃん、今、苦しゅうて少し里心がついとるんや。ほいなら、思い切って書いたほうがすっきりすると思うで」

「そんな……、情けないこと書けませんよ。私、これでも胸張って出てきたんですから。いつか故郷に錦を本当に織って帰りたいって大風呂敷広げちゃった……」

「そうなん? じゃ、なおさら頑張らんと。なんせ大風呂敷なんやから織るのは大変でっせ」

 ふふふ、と戸口で香奈がいたずらっぽく笑う。

「もう、香奈さんったら。大風呂敷は冗談ですよ。それに、錦ですってば」


 でも、香奈のおかげで胸に花が咲いたようだった。

 この花を育てながら、もう少し頑張っていこう。そう思えた。


 目の前には、先程、香奈にもらった便箋綴りと封筒がある。

 和紙に、あじさいの花と舞妓の絵が印刷された美しい便箋だ。

 綴りの真ん中程から絵が変わって、今度は五重塔の風景が印刷されている。


 父母には書けないが、あの人になら書けるかもしれない。

 綾子は引き出しからペンを取り出した。

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