第24話
かつて初代シンフォレシア王と神鳥が到来し、約束を交わした暁の土地。
シンフォレシアのどこよりも神鳥の息吹が色濃く宿る北領。
繁栄具合を比較すれば王城の城下町には遠く及ばない。しかし、国王に信託されたメラクよって区画整理が厳格に執り行われている町は、全てが統制されていた。
目に付く建造物はどれも白の岩石を材料にし、均等な間隔で配置される。人々が住まう家屋は公園のような広場を取り囲んで建築され、空から見下ろせば円状の集落に見えるだろう。それが5つ、それぞれ五角形の頂点の位置にあり、その中心には同様に政府機関が円状に集うが、囲っているのは広場ではなく砦だ。しかも、ただの砦ではない。砦とは本来、ある地点の防衛のために築かれるはずだが、町の真ん中にあっては容易に北領へ外敵の侵入を許してしまう。それもそのはず、砦が守護するのは人々ではなく、屋上にある神鳥の祭壇だ。
なるほど、そうであれば5つの集落がまるで砦の防壁のようであるのも理解できる。さらには町自体が円をあしらった作りになっているのも、神鳥への礼賛なのかもしれない。
ありとあらゆるものが祭壇の為に設けられているのが、北領なのだ。
ロクサーヌは直近で二度目の訪問となる北領だが、祭壇へ拝礼をする暇もなく、千月と共に砦の手狭な作戦室で腰掛けていた。
「千月さん、どう?」
「まだ頭が痛む」
約40分間の高速移動はただでさえ耐え難い苦痛である。そこに加えて、自身とほとんど同じ体重の人体を背負いながらの飛行は、たとえロクサーヌから力の供給を受けていても、筆舌に尽くしがたい辛苦であっただろう。
千月はとっくに限界を迎えている。彼女の精神を奮い立たせるのは、シンフォレシアの救済という願望に他ならない。
「疲れてるのに申し訳ないけど、遠見してくれる? 少しでも敵の戦力を知りたいの」
「それやったらお安い御用や」
砦の細長い窓から外の様子を覗う。コアにより脚力を増強させた巨人は、既に王城を通り過ぎて平原の中腹まで迫っている。その足元には、四足動物のごとく大地を駆けるゴーレムが4体確認できた。
「ふうん。思ったよりも少ないな。工房の崩落が意外と効いたか」
「そこにボイソスは居そう?」
「いや、わからん。フードを深く被って顔が良く見えん」
「そっか……」
北領軍の指揮官が作戦室に入室し、ロクサーヌへ慇懃に頭を下げる。拳大の薄い金属板を鱗のように組み合わせた鎧を着ており、出撃準備は整っているようだ。
「ロクサーヌ殿下、ご存命で何よりです」
ロクサーヌも王族として彼に応え、丁重にあしらった。
「今は時間が惜しい。すぐに作戦会議を始めましょう」
と、指揮官は石机に町の地図を広げ、
「これから神鳥過激派の指揮者、イポスティ・ダーソスが直々に北領へやってきます。彼の狙いは神鳥の祭壇で間違いないでしょう。ですからこちらも黙ってはいられません」
「しかし、あれほど巨大なゴーレムは、我々では到底……」
「巨人は私が引き受けます」
指揮官は意表外の発言に苦言を呈しそうになったが、あくまで冷静沈着なロクサーヌの眼差しに、「策があるのですね」と尋ねた。
「ええ。この右腕が」
ロクサーヌは青の籠手を見せつけて、水晶に青白い微光を灯す。
「ふむ。悪を祓う紋呪であれば打開策と言えますね。ただ、弱点は判っているのですか」
「『
指揮官はロクサーヌの見立てに傾聴しつつ、続きを促す。
「貴方はこの町の兵を全て集め、巨人に先行する4人のゴーレム隊を倒してください。そちらには、私と同じく紋呪を所有する千月が援護します。祭壇の護衛も欲しいですが……ゴーレムは屈強ですから、諦めるのがかえって吉でしょう。その代わり、前線は死守してください
千月さん、他に何かある?」
話の水を向けられた千月は、沈黙を破って指揮官に疑問を投げかける。
「この町の兵は何人居んのよ?」
「半数以上が王城に出払っていたため、私を含めて12名しか居ません。……かてて加えてお恥ずかしい話ですが、実戦の経験者は居ないのです」
「ハハ! らしいやんか。それでこそシンフォレシアや」
恥じ入ると言わんばかりの指揮官を意に介さず、千月はさも楽しそうに哄笑する。褒められているのか貶されているのか判別が付かず、指揮官はロクサーヌの顔色を気にしたが、彼女は「しょうがない」と微笑みながらかぶりを振っていた。
「あたしから言えることは……」
千月は笑顔の名残を殺し切らずも、目つきを変えて続ける。
「ゴーレムは侮れんってことや。一体のゴーレムに兵士が4、5人かかってやっとやろうか……。そう考えれば、戦力ではこっちが不利や。その上、ボイソスは複数のゴーレムを操れるらしいやんか。そいつが居るとすれば、こっちは防衛戦に持ち込めてやっとかもしれん」
「貴重な情報をありがとうございます。では、細々とした作戦は私が補完いたします」
そつなく作戦を練ろうとする指揮官だが、面持ちを一層深刻にさせて自論を述べようとする。
「弱気を承知の上ですが、明白に申し上げるとこちらに勝機があるとは思えません。この戦いの全てがロクサーヌ殿下に懸かっていると言っても過言ではありません」
「……そうですね」
見当はついていたものの、改めて事実を突きつけられるとロクサーヌは責任の重大さに不安になってしまう。
「籠手の使い方、もう大丈夫か?」ロクサーヌの暗い顔を見かねた千月が問う。
「正直、ぶっつけ本番になると思う」
「不安材料はぎょーさんあるけど、やるしかないやろ。偏屈ジジイに一泡吹かせたろうやないか」
「……だよね」
「それでは、作戦を決行いたしましょう」
席を立ち、石机に背を向けたロクサーヌを呼び止めたのは指揮官だった。何やら鞘に収まった長剣を差し出している。
「城下町からの支給品の中でも一等級の代物です。誕生祝い、にしては粗野が過ぎますが、戦いには必須でしょう」
「ありがとう。剣術は付け焼き刃のようなものですが、必ずや巨人を倒してみせます」
「王女として、凛々しくなられましたね」
「民の皆を思ってのことです。私はこの国を守らねばなりませんから」
と、胸を張るロクサーヌの破顔一笑には、多からず稚気も含まれていた。
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