第23話

 北領へと続く街道は石畳で整備こそされているものの、照明には乏しい。暗闇の中でも辺りを見渡すと、目が眩むほどに限りない平原が広がっているのを察せられるほど、地平線は何の起伏もない。退屈だ、と誰もが思うだろう。しかし、危機が迫っている状況でそのようなわがままに構っていられようか。

 王城が陥落した日の夜。避難に後れを取った人々は、荷車に乗せた家財道具とその身体で街道を埋め尽くしていた。彼らの不安が増幅させられているのは、領主メラクが不在だと皆が一様に囁いているからだった。統率者の居ない北領に着いて、本当に助かるのだろうか。あの巨人が祭壇を狙えば、この苦労も徒労に終わるのではないか。大人達は心労に心労を重ねる度に、行列の牛歩の歩みを憎んだ。

 だが、子供にとってはただの長く退屈な道程で、気を紛らわさなければあくびが止まらない。親の命令で嫌々荷車を押す少年がいれば、母親に抱っこされて寝息を穏やかにする幼児もいる。

 そんな彼らと似た、仲の良い二人の少年達は歩きながら、共に夜空を見上げていた。

 満天の星、と形容するに値する輝きの粒々は大小さまざまで、ひときわ光を放つ三つの星が作り出す三角形の内側は、まるで煙が上がっているかのように白みを増している。

 それを美しいと感じた一人の少年は、人々の行列に遅れながらも見入っていた。けれども、彼の隣の少年は、それが濁ったような、不吉な予兆のように思えて顔を曇らせていた。

「あのお姉ちゃん、大丈夫かな?」

「一昨日の? 別にあの人を狙ったわけじゃないし、許してくれたじゃないか」

 些細な喧嘩の末に無関係の人を傷つけた。二人は自らの情けなさに恥じ入り、片方に責任を押し付けることもなく罪悪感を分かち合っていた。だが、大人しい少年の心配事は少し異なっていた。

「そうじゃなくて。お母さんにこっぴどく覚えさせられたんだけど、あの人は王女様なんだって。じゃあ、王城に住んでるでしょ? もしかしたら死んじゃってるかもしれないって思ってさ……」

 活発な少年は面食らって、美しい星空から目を落とす。

「死んでるなんて……言うなよ」

「あれを見てよ」大人しい少年は動揺で指先を微かに揺らして、王城を差した。「あんな中にいて、生きてると思う?」

 星空を背景に浮かび上がる歪な城の影には、無残な破壊の痕が鮮明に反映されている。

 活発な少年は痛々しさに口をつぐんでしまい「生きている」と軽率に断言することもできなかった。そうであっても、隣の少年をなだめるためにも苦し紛れに一抹の楽観を口にした。

「俺はまだ神鳥なんて信じられないけど、もしいるんなら……たぶん生きてるよ」

「……そうだよね」

 大人しい少年に笑顔が戻る。ぽっと心が温かくなったような気持になった活発な少年は、もう一度夜空を見上げ———ものすごい勢いで通り過ぎた何かに目を丸くした。

 青い煌の一文字いちもんじが空に描かれる。地平線と水平な流星などあるはずもないが、そう見えてしまうほど火球然とした軌跡だった。

「今の見たか?」

「うん……あれは……」

「王女様だ」二人は放心したまま、同じ言葉を呟いた。

 少年達の純然たる畏れに一切の差異はなく、共に太陽の沈んだ空に胸を高鳴らせていた。

「神鳥って、本当にいるのかもな……」

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