第10話 身の程知らずの決意


(それが出来ないから悩んでるんだけど。コイツはいったい何を言ってるんだ? それとも上手く伝わらなかったのか?)


「比良さ。僕の話ちゃんと聞いてた?」

「おう。要は消えちまった門のせいで帰れないんだろ? で、たとえ次に門が開いても時の流れの違いで、世話になった人に会えないかもしれないから悩んでるって訳だ」


(ちゃんと通じてる。ならどうして)


 疑問が顔に出たらしい。こちらから問う前に答えが返ってっくる。


「なに簡単な話だ。そんなに帰りたきゃをつけて自力で帰ればいいんだよ」

「えぇ? 力ってさ。そんな単純な話じゃないじゃん……それが出来たら苦労しないよ。そもそも地続きじゃないでしょ。それに僕は浦島太郎なんだよ?」

「は? 浦島? それはちょっとよくわかんねぇけど。オヤジは似たような事を自力で出来るわけだし。翔も鍛えたらいけるんじゃないか? 多分」

「……マジで? 愛宕さんそんな事全然言ってなかったんだけど」


(どういう事だ?)


「オヤジに聞いてないのか? まぁ、誰にでも出来るわけじゃないからな。厳しい鍛練が必要で天狗でもそこに至れたのは一握りだ――――ただし、俺ら天狗はそれぞれの可能性を追求する者。諦めなければ必ずそこに至る事が出来る」

「……ああ。何か言ってたような気がする。果てとか何とか。アレでしょ? 要は奥義的な。僕はてっきり何かの宗教みたいな精神論だと思ってたんだけど」


 それを聞いた比良は意味深な笑顔を浮かべ声に少しだけ熱を入れて語る。内容は愛宕から聞いたものよりほんの少し突っ込んだものだ。

 比良は言う。天狗達、求道者ぐどうしゃが鍛練の果てに手に入れたいものとは何か。神々からおごり高ぶったと言われる直接的な原因……それとは天狗達が日々切磋琢磨せっさたくま渇望かつぼうしている理由――神通力のさらにその先。ひとつの道の極地、すなわち天狗の秘奥であると。

 彼いわく大天狗とはそれぞれの道を極め、独自の奥義を会得したものを指すのだという。そしてその奥義とはどんな不可能な事でも必ず事が出来る反則技。自分の理想を世界に押しつけ――――八百万の神が作った物事の法則、概念すらもねじ曲げる事が可能なのだと語った。


(んな無茶苦茶な)


「自らの我を通しているだけなんだけどな。神々アイツらは自分達の作ったルールを俺らが勝手に破ってるみたいで気に入らないんだってよ」

「……はは。神さまが怒るわけだ」

「そうか? まぁ、そもそもそこまで至った天狗は少ないんだ。あくまでそれぞれの道の追求で望みもバラバラなわけだから。正解なんて無い。あったとしても本人にしかわからない。だから翔の言葉を借りて言うなら奥義の形や内容も大天狗によって違う」

「ちなみに愛宕さんはどんな事が出来るの?」

「俺も全ては知らないけど神足通をオヤジなりに極めた結果、行きたい所なら何処でも行けるらしいぞ?」


(じんそくつう? おっさんも言ってたな。ってそれよりも!)


「え。行きたい所?」

「ああ。わかりやすく言うと次元をぶち破って思いのままに行きたい場所に行ける。距離を無視して移動出来るって言ってたな。羨ましい」

「――――なにそれ。反則じゃん」


(意味わかんないにも程がある。どこでもドアかな?)


「オヤジも苦労したって言ってた。そんな訳だからさ……翔も鍛えて強くなればいい。そうすれば自分の道を追求出来る。大切な人のところへ戻るって明確な目的があるなら、がむしゃらに挑戦するよりずっと可能性があると思うぞ?」


 現実離れした話を熱に浮かされたように説明する比良。僕は疲労のためか半分夢見ごこちでその話を聞いていたが――脳裏にボンヤリとかすんだひとつの道筋が見えた。

 自分が抱えた一番大きな問題はである。世界の移動は門の出現を待てば何とかなるかもしれないがソレばかりはどうしようも無い。


 しかし――――彼は言うのだ。『可能性はある』と。諦めない者に不可能は無く、己を信じ我を貫き通せば神が作った世界の法則すらねじ曲げ、理想を叶える事が出来るのだ、と。


 過ったソレは不老でタイムリミットの無い天狗には出来ない発想だった。そして皮肉にもこれまで自分の人生で大きな後悔をしてこなかった僕には無縁で、あまり興味のなかった代物である。

 でも普通の現代人であるならば誰しも一度は夢見て、願った事があるのではないだろうか。題材にした創作物も多く身近でごくありふれた物となっている。しかし実際に実現するためには課題が山積みであり、現実的に考えれば不可能と思われているソレ。


 時間旅行――タイムトラベル。


 だが。

 既に次元を破って移動出来る先駆者がいるのなら。

 神が作ったの法則、概念すらねじ伏せる事が出来るのなら。

 この世界に常識なんてものは存在せず、己の意思ひとつで可能性をつかめるのなら。


 いつか……本気でソレを求めればきっと成す事が出来るのではないだろうか? ――――――そこまで考えて僕はようやく我に返った。


(い、いやいや。馬鹿馬鹿しい。あまりにも厨二病すぎる。それにあくまでも強靱きょうじんな肉体を持つ天狗の話だろ。身の程をわきまえろって。妄想も大概にしとけよ……)


「……ちなみに天狗の修行ってどんな事するのかもっと詳しく聞いていい?」

「――――――――ははっ! オヤジから聞いていた通りだっ。お前、面白ぇ! そうだともっ。欲しいものがあれば自分の手で掴み取らないとっ! ああ! そう来なくちゃなっ。いいぜ。鍛練についてはオヤジに言っといてやる。明日から始めるって事でいいよな?」

「え!? う、うん」 


 いきなりテンションが最高潮に達してしまった比良の勢いに押され、僕はついつい首を縦に振ってしまった。


(色々早まったかもしれない。比良の中では僕が修行するのは確定みたいになってるし。めっちゃ断りづらい感じになってるのがさらにヤバい)


 それでも彼の提案は僕にとって非常に魅力的で、時間を掛けて考えたところで決して抗えない物だっただろう。自分の意思で可能性を掴み取る。今までの人生でこれほどしっくり来た事はない。

 

(うん。決めた。何はともあれ目標は定まったんだ。意味の無い後悔をするのはここで終わりにしよう。あとは自分を信じていつも通り、だ。必死でやってみる。出来るかどうか何て知らない。僕には後ろを振り返っている余裕は無い)


 人は失ってから初めてその物の大切さに気づくと聞いていた。それは正しかった。馬鹿な自分は神隠しにあってようやく気づけたのだ。母さんをはじめ、こんな僕の身の回りのいてくれた人達に返さなければいけない借りが多すぎる。それに気づいてしまったからには見て見ぬふりなど出来ない。

 人生は短い。だからそれら全てを返すまで、僕は落ち込んでいる暇など無いのだから。


 それからはやたら機嫌の良い比良に連れられて、里の外れのある場所まで移動した。

 そこには今までの人生で見てきた中でも一際立派で、見上げるだけでも首が痛くなりそうな大木が存在した。残念ながら夜で暗いため全容は伺えない。

 目的地はその大木のすぐ隣、一軒だけポツンとたったかやぶき屋根の年季の入った平屋だ。途中、比良に聞いたが現在は誰も住んでいないらしい。

 夜なので予測でしかないがあまりにも木が巨大すぎるため日当たりはかなり悪そうだ。案内された平屋は完全に木の陰に隠れてしまっている。そのせいなのか木の周囲に他の家は一切なく、その場所だけは里からも周囲からも浮いているように僕には感じられた。

 

 家の中に入り、宴会の途中で他の天狗が気を利かせて預けてくれた提灯ちょうちんの火をかざすと不安だった内装が明らかになる。こぢんまりしていてるが思ったよりも作りはしっかりしており、かなり古いが寝具などの最低限の家具も用意されていた。これであれば何とかなりそうではある。

 使い方のわからない道具も多いが、それらについてはおいおい聞いていけばいいだろう。


「わからない事があればいつでも気軽に聞いてくれ。食料の事とか細かい事は当面里の連中で何とかするから心配するな。じゃ、これからから宜しくな」

「うん。今日はありがとう」


 そう言うと比良は手を上げ来た道をそのまま戻っていった。もう夜も遅いはずだが再び宴に参加するらしい。ついでに修行の件を愛宕に相談しに行くと言っていた。何から何まで本当に有り難い限りである。 

 火を消して用意されていた寝具にくるまる。ホコリの匂いが鼻についたが今までの怒濤どとうの展開で麻痺していたため、細かい事はあまり気にならなかった。よほど疲れていたのだろう。すぐに眠気がやってくる。今日の事を思い返す時間もない。

 

 しかし眠りにつく直前、昔大切だったはずの誰か言われた言葉が頭を過った。


『他人に期待するな。欲しい物があれば己の力で勝ち取れ』


 母は決してそのような言葉を使わない。しかしとても大切な人だった気がする。ならばあれは果たして誰の言葉だったか。


(…………あれは……誰の言葉…………だったっけな……ダメだ…………落ちる)


 強烈な眠気に抗う事が出来ずついに意識が落ちる。こうして僕にとって大きすぎる人生の転機を迎えた長い長い一日は、ようやく終わりを告げたのであった。




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