第6話 正義はどこにあるか
ビルの高さはざっと見て四十階建てぐらいだろうか。屋上の縁に手をかけ下を覗き見れば、クラリと眩暈がした。
見える風景は何もない荒地で、日本のどこにこんな広大な赤茶色の土の荒野が広がっているのか謎だったが、そういう場所にこのビルはドスンと鎮座していた。
屋上といっても、ビルの頂点というよりバルコニーのように天井が一部ない感じ。振り向けば階段状になってもう数階分が続いていた。
日照の問題で、こうやってビルを斜めに切らないといけない事はままある。日陰規制というやつだ。
住宅街では民家でも、北側斜線制限で屋根が不自然に斜めだったりする。消防法は守ってないのに、建築基準法は順守しているっぽいのが。ただ、周囲には他に建造物が一切ないため謎の気遣いとなっているのが何とも言えない。
何にせよ、大抵こういう床面積が減る部分はマンション等の住居になっていたり、社長室だったりする。本当の屋上は更に上にあって、きっとヘリポート等があるのだろう。
そう思って手すりぎりぎりから見上げたら、一番上と思わしき場所に角の生えたドクロのようなモニュメントが鎮座していた。いかにも悪の組織のアジト! といった感じの……。
建物の外壁も黒く、今目の前にある手すりも魔王城を彷彿とさせる蛇の意匠をからめたおどろおどろしいデザイン。
「ユウ、俺ちょっと思ったんだけどもしかして、ここは結社の地球本部なのか?」
「もしかしてチャンスかもしれない。ここを壊滅させれば、もう
「大きなダメージを与えられそうだけど、二人じゃどうしようもないしなあ。アルフォンスがいないと俺、ギター出せないし」
たとえ武器があっても、人型の結社の面々を切りつけるのはユウも抵抗がある。なんとか穏便に、地球から出て行ってくれないだろうか。
そんな事を思いながらモニュメントを見上げていたら、急に顔に影が落ちて、なんとも言えない感触を顔面に受けた。ちょっとひんやりとして柔らかく、短い毛でもっふりした感覚は良く知るものだ。
「ポイラッテ!」
「ユウ! 無事だったんだね」
空から降って来た物体は、ファンシーハムスターだった。更に空を見上げれば、いつか見た円盤型の宇宙船。
普段はうっとおしいが、今はとても頼もしい。
それはともかく、何故この場所がわかったかは後々、折檻を交えて問いただす必要はありそうだ。続けて赤くて丸い小鳥も降りて来る。
「もしやここが結社の地球でのアジトか。これまでどう探しても見つけられなかったのに……」
わかりやすいモニュメントが目に入らないとは節穴が過ぎる。
とりあえず掻い摘んででこれまでの経緯を説明する。いわゆる”かくかくしかじか”ってやつだ。読者に対し、とても便利。
「婚姻によってこちらの最強の駒を取り込もうというのか。結社め」
「ユウはボクの婚約者なのに! 許すまじ」
アルフォンス等は戦力の心配をしているが、ポイラッテは全く別の理由で憤慨しており、少しは仕事をしろとユウは思わないでもない。
「そういえば笹山は?」
別に来ては欲しくないが、脳みそは活用したい。
「ビルの屋上からユウの反応があったから、取り急ぎ飛べるボクとアルフォンスだけがここに来たんだ。あの宇宙船は人間はサイズ的に乗れないから、笹山とハニー、セルジオは家で留守番している。ジョンはまだ仕事中だよ」
「我々はどうにでもなるが、烈人とユウは建物内から下に降りるしかない。その結婚式とやらの騒ぎに乗じて、ここはいったん退こう。アジトの破壊も、場所がわかれば容易だ。この大きさから考えておそらく、妖バグもここで製造されているのだろう。戻ったら母船からミサイルを撃ち込んでやろう。それで一気にカタがつく」
赤いシマエナガは、ビジュアルに合わないが野太い声には合う凶悪な一言を放った。ユウとしては結社に同情できる部分もあるし、普通に彼らはここで働いているだけだ。そんな非人道的な攻撃で容易に散って良い命などないだろう。評議会のこういうところが、少年の正義感とは永遠に添う事はなさそうに思われた。
それならば自分があの女幹部の夫となる穏便な手段で、地球の平和を取り戻す方がいい。今は愛はなくても、彼女をよく知れば愛せるようになるかもしれない。最近よくある溺愛ものが脳裏をよぎる。「君を愛するつもりはない」とか「オレからの愛を期待するな」、「この結婚は契約だから勘違いしないで欲しい」「俺に惚れるな」と豪語した王子や公爵様が、ほんの三ページあとにはヒロインにメロメロになってるやつがあるのだから。好きになるつもりがなくても、落ちるのが恋というものだ。そうなったらメロリーナ主役のスピンオフ”平和のために結婚した旦那様、地球だけを守ると言ってたのに私を溺愛してきます~どうしてこうなった~”が溺愛業界を震撼させ全米を号泣させるであろう。
「ともかく、一度中に戻ってエレベーターを探そう」
アルフォンスが強硬策を取るというなら、ユウは自分の正義に則って行動したいと心を決めて、再びビルの中に足を踏み入れたのであった。
* * *
「今回の式は、職場の人へのお披露目だから。大丈夫、ジョンにはもうひとつの式の方で参列してもらうつもりよ。いやだから、いいって。というかダメ、職場でやるから。あ、体育館を借りるの! うん、ええ、そうなの。いい子だから、ね?」
『でも、姉さんの花嫁姿を見逃したくない』
「同じドレスを、家族と友達を呼ぶ式でも着るから」
どうしても今回の結婚式に参列したいと、弟が食い下がる。電話の背後から聞こえる喧噪から、彼はまだレストランの厨房にいるのに、早めに閉店して駆け付けたいと連絡をして来たのだ。弟は可愛いが姉への執着が若干ひどいのが玉に瑕。
メロリーナとしては、結社の女幹部として挙げる式を弟に見られたくはなくて必死に説得をする羽目になり、式の予定の時間は迫っていた。
なんとか電話を切ると、そわそわとしたヒョーガが扉の前に立っていた。
「あら? どうしたの。彼の方の準備は整ったのかしら」
「その、あの、申し訳ございません! 控室に花婿の姿がなく……」
「な、なんですって!?」
メロリーナは自室を駆け出ると、新郎の控室の扉を音高く開けた。
そこにはタキシードの、目出し帽の、眼帯の男達がみちみちに詰まっていた。ぎゅうぎゅうだ。
「え、何これ……」
「何がどうなったのか、部下達がこの有様で。一人ずつ検分したのですが、どうも彼はこの中にいないらしく」
「……逃げた……というの?」
わなわなと乙女の両肩が震える。
愛しのブラックアイパッチが、こんなにも多くの影武者を立てて姿を消したのは、いたく女心を傷つけた。
「門番からの報告では、彼はまだこのアジト内にいるようです。ゴーマが今各階に指令を出しておりますので、じきに行方が判明するかと」
「ブラックアイパッチ様が逃げた……」
ヒョーガは「まずい」と思った。
女王様のような顔の半分を隠す仮面から見える彼女の目はグルグルの渦巻き状態。頭の回転が速い彼女は、マイナス思考方面にも一気になだれ込みがちだ。
「彼をコロして、私もシぬ!」
不穏な方向で歌詞の回収をしながら、彼女は胸の谷間に隠していた用途が一目でわかるスイッチを取り出すと、ヒョーガが止める間も無く、アジトの自爆スイッチのボタンを押した。
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