第5話 ディープダンジョン


 ドッドッドッドッドッ。


 ドはドーナツのドだが、生憎これは烈人れつとの心臓の音である。

 心臓が口から飛び出さんばかりに大きく鼓動を打つ。

 

 ここまでの間、誰にも気を止められなかったのに、一人の結社メンバーがどうやら箱の不自然さに気付いたようなのだ。他の奴らと同じ目出し帽に眼帯+タキシードなので、これまですれ違った誰かが箱が移動しているという事実に勘づいたのかもしれない。「この箱、さっき向こうになかったか?」というように。なお彼がもぐりこんだ段ボールは、扇風機の空き箱である。


 箱の安心感に身を委ね、頼り切ってしまった事を後悔する。

 目出し帽の男はじりじりとこちらに歩み寄って来る。このまま息をひそめるか、箱から飛び出して先手を打つか、決断の時が迫る。掌に汗をかいているのがわかった。

 今なら不意をつく事が出来る。だが相手が箱の不自然さに気付いているわけではなく、ただの通りすがりであるというだけなら無為に接触してしまう事になる。迷いは振り子のように、少年の心を行き来し、喉が激しく乾きはじめた。

 爽やかな柑橘を思い出し、口を湿らせる。レはレモンのレである。


 その迷いの間に、敵は箱の真正面に立っていた。

 訝し気に見下ろす仕草から、流れるように箱に手をかけられ、烈人れつとはついに行動を決めた。


「これでもくらえ!」

「!?」


 彼は箱をかぶったまま勢いよく立ち上がった。

 通常であれば少年のイメージ通りに箱の角は相手の顎を捕らえたに違いない。しかし相手はただ者ではなく、持ち前の反射神経で華麗なバク転を決めて、烈人れつとの決死の攻撃を見事にかわす。


 箱をかぶったままの烈人れつとは、箱から足だけが出ている状態であるから、相手はかなり驚愕したようだった。

 このまま敵に戦意を喪失させるか、仲間を呼びに行かせるかして、この難局を乗り越えなければならない。少年は段ボールの両脇を腕で突き破ると、声高に叫んだ。


「怪人ダンボールマン参上!!」


――さあ、仲間を呼びに行くがいい、手強い相手が現れたと。

  とにかくここから立ち去ってくれ!


* * *


――ミミック……!?


 ミはミミックのミ。

 すっかりダンジョン思考に陥っていたユウは、突然現れた箱に擬態した敵をそう表現した。


 ダンジョンでのミミックは大抵一撃必殺技をもっており、即死する事も多いのだが、先程の先手の攻撃をうまく躱せたのは僥倖である。

 相手の次の手を警戒し、やや距離を取る。

 しかし箱は次の仕掛けをして来るそぶりもなく、にらみ合う状態になった。


――何かおかしい。


 ここは結社のアジトである。今の自分は結社メンバーに扮しているのだから、攻撃を受ける事に違和感があった。何かID的なもので管理をしているにしては、他のゲートがフリーなのが解せない。

 そして箱のポテンシャルを結社が知っているようにも思えなかった。

 段ボールの効果を知っているのは。そしてそれを実感したことのある人物でここにいる可能性のある者。

 心当たりは一人しかいない。


烈人れつと!?」

「ふぁ!?」


 ファは驚いた時に出ちゃう声♡

 箱がびくんと大きく跳ねて、次いで深い深いため息が聞こえた。


「その声、ユウか」


 音楽をやっている烈人れつとは耳がいい。

 箱を脱いでいる間に、ユウも眼帯と目出し帽を取っていた。

 

「無事でよかったユウ」

「出口を探していたんだ」

「オレも」


 お互いの無事を喜びあっていたところ、騒ぎを聞きつけたのか多数の足音がこちらに向かって来た。

 二人は慌てて手近な部屋の中に飛び込み息をひそめる。

 しかし駈けつけてきた結社メンバーたちは別の問題で騒いでいるようだ。少年たちは耳を澄まして状況を把握しようとする。


「足りないがどうする?」

「片目が隠れていて、黒いジャケットならいいのでは」

「第三倉庫にいろいろあった気がする」

「行って見よう」


 なるほど、メンバー全員が眼帯とタキシードをドレスコードとして装備しようとし、数が不足したのだろう。敵のアジトとはいえ、タキシードや眼帯がそんな何十何百とあるはずがない。むしろこれまでの人数分が賄えていたことが奇跡のようだ。


「少々ちぐはぐでも大丈夫そうだな」


 そうユウは呟くと、目出し帽とタキシードのジャケットを烈人れつとに差し出し、自分は眼帯のみを装着した。


「この混乱に乗じて、脱出を試みよう」

「ああ、わかった」


 もぞもぞと目出し帽をかぶりながら返事をする。

 ユウは何故こんな衣装の状態になったのか、手短めに仲間に報告をする。


「結婚!?」

「何がどうなっているのか、そういう事になったらしくて」

「逃亡する花婿、取り残される花嫁……ちょっと可哀相だな」


 烈人れつとが言う事をユウも考えなかったわけではなく、罪悪感が沸いていないという事はない。だがデート等で親交を深める前に、こちらの気持ちの確認もなく強制的に挙式しようとする相手に同情していては、正直身が持たないという気持ちもある。やはり何事も段階が必要だろう。


 二人はそろりと部屋を抜け出すと、再び外への扉を探す。何も書いていないドアをことごとく開けるのはリスクが高過ぎるので、これまで二人はそれらしい扉だけを選んで開けていたのだが、不意にユウが気付いた。


「そうだ。こちら側に鍵をかける側、サムターンがある扉が外への扉じゃないか」


 個室なら内側の方に鍵をかける手段があるはず。廊下からの扉でそれがあれば、内側から施錠する必要がある場所。つまり扉の向こうは外!

 その視点で扉を探したところ、二人はついに外に出る事に成功した。


「空だ」


 久々に見る気がする空は、夕焼けで真っ赤に染まっていた。

 ソは赤い空。

 

 やたらと空が近いと思ったら、そこは高いビルの屋上であった。


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