第2話 多田家忍法


 ユウの結婚は年齢以前にまだ早い、と言える要素がある。


 何せこの少年は、まともな初恋すら未経験なのだ。辛うじて、女性として意識している相手が誰かと言うなら、担任の大塚。

 彼女にとっては些細な事だったから、一生徒との出会いや出来事をいちいち覚えてはいられなかったのだが、ユウにとっては忘れられない事がある。


 あれはまだ高校に入学したばかりのこと。いかに目立たず高校生活をやり切るかを常に考えていたユウは、図書室で新作忍法の開発に勤しんでいた。少年が忍法に目覚めたのは、元々彼の父が「多田家は忍者の末裔」等というホラを息子に吹いたのが発端なのだが、ユウは素直にそれを信じた。

 忍者の先人が編み出した忍法は現代にそぐわず、現代生活、そして学校内で使えるものといえば限られている。

 その中で遁術とんじゅつは理想的だった。ゲームなどでは水遁や火遁の術は水や火を使う攻撃だったりするが、実際の遁術とんじゅつは隠形術ともいい、敵から姿を隠すための技である。木遁といえば木の上や影に身をひそめること、火遁は火薬を使って煙や光で敵の目を欺き、土遁はあらかじめ掘って置いた穴やくぼみに身をひそめること、金遁は金属の音で敵をかく乱したり金銭をばらまく等をする。水遁は水の中に飛び込んで姿を隠す技だが、石を投げこんで水に逃げ込んだように見せかけるのも技の一つである。

 とても地味だが実用度は高い。


 木の葉隠れの応用で、ユウは同じ服を着た集団に混じり存在感を消す「木の葉を隠すなら森の術」を編み出し、話術として「さしすせその術」をマスター、学校の各所にある階段の影のような死角エリアを全て知り尽くし、上履きで音が出るエリアと逆に出ないエリアを調査し「隠密の術(足音がしないように上履きを着脱)」を駆使できるようになった。


 一学期をそのように忍法開発で過ごしたユウは、なんという事か期末テストで赤点を取り、逆に目だってしまった。

 前置きが無駄に長くなったが。


 つまりそういう事で放課後に教室で居残りをさせられ、大塚と二人きりで補習を受けるという事になった。

 大塚はあくまで教師として自然体だったのだが、密室に二人きりという状況、自分好みのセクシー美女、近くに寄るたびに香る花の香り。

 たわわな胸元のメロンの実りがチラチラと視界に入るのは、拷問でありご褒美であったかもしれない。この補習が上手く行かなければ、担当が鬼教師、生徒にはあだ名をマツダッチョとつけられた三十七歳独身ムキムキ男の松田教諭が引き継ぐという事を知っていたユウは、誘惑に耐えつつ、無事再テストで満点を取る事が出来た。

 その成果にユウ以上に大塚が喜んでくれ、その時の輝く笑顔、賛美の言葉のたびに激しく上下に揺れる胸、視線を引き付ける谷間、抱き締められ、押し付けられたおっぱいの柔らかさ。ユウの中で色々な性癖が目覚め、天国という物を垣間見た瞬間であった。

 女神か天使か天女か。ともかくユウにとっての至高の女性という地位を担任の大塚は得たのである。


 黒いタキシードに眼帯、更には大人っぽく前髪を撫でつけ、しっかりと整えられた自分の姿が写る鏡にしばし見惚れていたユウは、ハッと我に返った。生徒と教師で恋愛というのはタブーだし、大塚が自分を異性として見てくれる等という確率は限りなく低いという事はわかってはいた。

 だがここで形だけとはいえ敵幹部、宇宙人と結婚式の真似事をしてしまえば、ほんのわずかな大塚とのラブの可能性の芽が潰えてしまうのではないかという事に気付いたのだ。例え低い確率でも今現在はゼロ%ではない。ユウとしてはあの天国をこれからも感じるチャンスが欲しい。

 

――逃げよう。


 大人しく衣装をまとったユウに安心したのか、ヒョーガとゴーマの二人は逃亡への警戒を解いている。逃げるチャンスはあるのかもしれない。今回の目的はどうやら自分であった事から、烈人れつとも今は監視の目が緩んで逃げやすくなっているはず。


――今こそまさに、培ってきた新忍法を駆使すべき場面なのでは。


 少年の眼帯をしていない方の目がキラーンと光る。敵は自分を傷つけるつもりはないらしいから、もし逃亡に失敗しても危害が加えられる心配はないだろう。それが若干臆病なところもあるユウの勇気を後押しした。


「さっきの人……俺の結婚相手って誰?」

「ん? ああ、メロリーナ様か。我々結社の筆頭出世頭だ。次は四天王と言われているほどの実力者だから、逆らわない方がいいぞ」

「自信がないな、あの人の隣に立つのは」

「まあなあ、でも地球人から見ても中々の美女だし、今後は養ってもらえるとなると、お前にとっても悪い話ではないだろう」

「すごく魅力的だけど、ヒモになるのはちょっと……。そんなに良い話ならあんたらの誰かが結婚すればいいじゃん」

「気持ちはわかるが、彼女が選んだのはブラックアイパッチだからな」


 そこで、ヒョーガがハッとする。フィッシュオン! とばかりにユウは持ち上がる口角を手で隠しつつ、追い打ちをかける。


「せっかくだから、あんた達も眼帯をしてみたらどうだろう」

「なるほど……」


 黒い眼帯をしている男であれば、メロリーナの隣に立つ事が出来るのではないかという事に二人は気づく。彼女がプロポーズされたという敵の評議会の眼帯男と、目の前の少年が同一人物であるかどうか確信はない。ユウはどうみても、プロポーズをしたという様子でもないし。

 実際は大正解だが、あの場面にヒョーガもゴーマもいなかったのだから、まさか当てずっぽうで正解を引いているとは思えず、もしそうならご都合主義過ぎるように思えた。

 そんな偶然や奇跡を自分達が引き当てるとも思えなくて、眼帯さえしていれば誰でもいいのではないかという思いが二人の心を支配した。


「そうだ、それがいい! 結社と評議会の立場の違いもあるし。もし敵である俺が結婚してしまえば、彼女の出世に響くかもしれない」

「上司である彼女の出世問題は、俺達の将来にも響く……」


 ユウの「さしすせその術」にハマった二人は、自分達も眼帯をしてタキシードを纏い、式場に向かう決意をした。もしどちらかが選ばれたら、給与の良い彼女に家のローンを一括完済してもらう事も可能であろう。


 それは薔薇色の未来に見えた。



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