第三章 それでもヒーローだから
第1話 魅惑の黒
眼帯を装備させたユウを見て、二人は気になる事があった。
ゴシックで重厚な眼帯が似合うのは確かなのだが、その服装が安っぽくてバランスが悪いのだ。Tシャツとジーパン。色はどちらも黒だが着古しているのか色褪せ気味。ユウはお気に入りをヘビロテするので、こういう事になりがちである。襟も若干ビロビロしてる。
ここまでの完璧な黒なのに、惜しい。
ヒョーガとゴーマはメロリーナに彼を差し出すにしても差し出さないにしても、着替えさせるべきだと感じた。二人は息ぴったりなので目線だけでお互いの考えを把握し、頷き合う。
ゴーマは少年を羽交い絞めたままで、ヒョーガが後ろのクローゼットを開けて吟味を始める。
「これを着せてみよう。ゴーマ、そいつの服を脱がせ」
「くっ……! 殺せ」
服を脱がされそうになり、うっかり例のセリフが口をつく。
おかまいなしに怪力のゴーマがユウの服を剥いでいく。
「あ~れ~~」
ベルトが引き抜かれる際、大名に帯を解かれる女性のようにクルクルまわってしまう。俗にいう人間ゴマだ。実際はあんな風にまわらないらしいが、ユウは体幹が鍛えられているせいかキレイにまわった。
着せ替え人形のように扱われる辱めを受けてしまったが、鏡の前に立たされたユウは、これまたお約束のセリフがこぼれだした。
「これが、
鏡の中にはスタイリッシュな黒いスーツをまとう己の姿。シャツまでも黒だ。それに眼帯を合わせているため、アウトローな魅力が溢れるキザ感が醸し出されている。
「うむ、中々いいな。次はこっちを試してみよう」
興が乗ったのか、次々とヒョーガが服を取り出す。次の衣装は皮のピチピチノースリーブジャケットに鋲が打たれたロックなデザイン。そして何故か半ズボンである。腰に注目が集まりそうだ。
「うーん、この衣装だと眼帯よりサングラスか」
その言葉に、壁がざわつく。どういうビジュアルかに気付いた者がいるようだ。
「半ズボンならこっちのほうがいいかもしれないな」
次の衣装は太くて黒いベルトをまきつけたようなデザインで、半ズボンである。夏を刺激しそう。
ユウとしては最初のスーツがいいが、普段なら絶対しないであろう姿にちょっとテンションが上がっているのは秘密だ。秘密だが、ヒョーガとゴーマにはしっかりバレていて、二人は口の端を上げる。
「このまま君も結社に入るかい? 結社は制服は自由だから好きな格好が出来るよ。他の星系のブランド品も手に入るし。結社に入らなくても俺達の元に留まってくれるだけでも……」
魅惑の勧誘にユウの気持ちが若干揺らいだ時であった。
「キャーー♡ブラックアイパッチ様ァ!!」
ヒョーガとゴーマがこれまで聞いた事がない、メロリーナの甘えるような高い作り声が背後から聞こえ、二人は着せ替えで遊んだ時間を大きく悔やむ事になった。こうなってしまったら、ブラックアイパッチは女幹部に差し出すしかない。
「メロリーナ様、件の者を手に入れました」
「ああん♡先日のミスは帳消しよ、ボーナス査定も色をつけちゃう」
くねくねと体を動かしながら両目がハートになっている抜群プロポーションの美女は、ユウのファッションを見て真顔になった。
「半ズボン……!」
ご機嫌MAXからの急転直下の冷たい声は、ボーナス査定という言葉に心が温まりかけていたヒョーガとゴーマを凍えさせた。
衣装自体に問題があるわけではないのだが、半ズボンに眼帯というのは自分が年上であることを強調される気がして。乙女心である。
「申し訳ございません、ただいま準備中でございまして。お好みの衣装がございましたら、着せておきますが」
「すぐに式を挙げたいから、そのように手配を」
人差し指を唇にあてて、艶めかしく微笑む。
「わたくしも準備しますわ! 地球スタイルでいきましょう! ウェディングドレスっていうの、着たかったのですわ」
ウキウキルンルンと部屋を出て行ったメロリーナの背中を見送った二人は、有無を言わさずにユウの今の衣装をはぎ取って、ネットで調べた新郎ファッションとしてタキシードを着せた。本来は白らしいが、黒は譲れない。
「あの、式って……?」
「結婚式だ」
「俺、まだ結婚出来る年齢じゃないけども!」
「え? そうなの!?」
「そもそも十八歳にならないと結婚なんて……今は十七歳だし」
「宇宙法だと年齢制限はないが……」
年齢以前の問題で合意がそもそもないのだが、ヒョーガが顎に手をやって悩んでいる間に、ゴーマはネット検索を駆使して調べる。
「地球、日本というこの場所では、結婚は成人年齢である十八歳からだそうですぜ」
「いかんな、それは守らなければ」
評議会は宇宙法に縛られているが、結社は民法的部分においては現地・地元の法律を優先して行動している。変なところで真面目だ。
しかしあのウキウキのメロリーナに今更それを伝える勇気は二人はなく、「とりあえず式を挙げて、入籍は年齢に達し次第で!」という事になり挙式は決定事項と化す。
眼帯タキシードという出で立ちのユウの運命やいかに。
* * *
ドレスを何度も体に当ててウキウキのメロリーナ。恋する乙女の願いが叶う直前となり、このときめきは止まらない。
「そうだわ、結婚する事を家族に伝えなければ」
通信機のスイッチを入れると、まずはフルーティア星の両親と連絡を取った。以降はフルーティア語なので、機械翻訳をしたうえで日本語で記載する。
「こんにちは。私はメロリーナです」
『こんにちは。ご機嫌はいかがですか』
「とても良いです。あなたは?」
『ありがとう。私もです』
「あなたはとても驚くでしょう。素晴らしい報告があります」
『教えてください』
「結婚が決まりました」
通信機の向こうから、エキサイトした父の声と母の声がひとしきりして、通信機の主導権は父親に移ったようだ。
『私の娘、それは真実ですか』
「はい、そうです」
『私はとても驚きました。あなたが選んだ人には間違いはないと思います。ですが、許しません』
「私は大人です。自分で決めます。さようなら」
『待っ……』
ブツリという音がして通信は切れた。
父は昔かたぎの頑固な人だ。恐らくブラックアイパッチに会わせようものなら「おまえに娘はやらん!」等と殴りかかり兼ねない。
とりあえず父母への連絡は終えたので、彼女は今度は地球で使う電話を手に取った。
弟はこの時間帯は忙しいはずだから、コール音は長く鳴り続けるが辛抱強く待つ。そろそろ繋げなかったというアナウンスが入りそうなところで電話は通話の表示に切り替わり、慌ただしい厨房の音混じりに相手の声が聞こえた。
「ハーイ、ジョン。姉さんよ」
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