第3話 ウェイティング・ウェディング
メロリーナは、ダークマターキャット運輸に依頼して光速で取り寄せた白いウェディングドレスに袖を通す。地球に来て、最初に気に入ったのはこの衣装だったのだが、婚礼の日に纏うものと聞いて諦めていた。
まさかそれを着る事が出来る日が来るなんて。
「付録目当てですが?」という顔をして結婚情報雑誌を書店で手に取る事がわりかしあった彼女は、地球での将来の夢は「およめさん」で、それがついに叶いそう。
願いが叶うといわれる七夕の短冊に書き続けた甲斐があった。
壁の諸君はここで時計を見て、現在の時間を確認していただきたい。
確認を終えたら、読みをスタートしよう。
――あれは強引なプロポーズだったわね。
後で落ち着いて考えると事故だったという気はすごくしているけれど、フルーティア星人としては胸に顔をうずめられたからには、ちゃんと応えなければならないでしょうね。義務や、そうしなければならないという文化的な道徳心も後押ししている気はするけど、あの黒い眼帯を装着した年若い男に自分の胸が高鳴るのは嘘ではないし。今感じる人生で初めてのときめきは、結婚に必要な感情の要素であることはフルーティア星人であっても地球人であっても同じでしょうね。
式は地球に来ている結社のメンバーを揃え、すでに豪華に行う手配が出来ているの。ふふ、自分のカリスマ性が怖いぐらいだわ。
家族の代表としてジョンに来てもらおうとも思ったけど、弟には結社の事を伝えていないのよね。彼は、私が地球で普通の教師をしていると思っているし。フルーティア星での結社の立ち位置はテロリストだから、知られたくない気もする。ジョンなら認めてくれそうだけど、パパとママに伝わるとなかなか面倒な事になってしまうから。
後日あらためて、地球人向けの式を挙げようと思うの。そちらは学校の同僚にも来てもらって、披露宴ではジョンに料理を依頼すればいいわね。立食パーティスタイルが気さくな感じでいいかしら。
結社での挙式は結社で稼いだお金で。地球人としての式は教師の仕事で得た報酬で、というのも洒落ているわよね。ブラックアイパッチ様の家族に来てもらうのも、地球人向けの結婚式の時が良いだろうし。
それらが終わったら、新婚旅行。アンドロメダ銀河が良く見えるホテル、素敵なアリザカス星系のプリンスクラウンのロイヤルスイート。
その道中で、フルーティア星に立ち寄って家族に会ってもらうのもいいかもしれない。やはり家族との顔合わせは、必要だし。
鏡を見つめながら、一気にこれらの思考を終えた。その時間、わずか十秒。この思考の速さが彼女を幹部まで押し上げたのである。壁の諸君には、ぜひこの行に到達するまでの時間を確認していただきたい。彼女の頭の回転の速さに舌を巻く事であろう。
ごめん、こんなどうでもいい事のために時計を確認させた。
「善は急げという言葉があるし、結婚式は今夜。あ! という事は、初夜も今日って事に……キャ♡」
メロリーナは白いタンスの一番左上の引き出しから、勝負下着を取り出した。フルーティア星で悩殺下着の代名詞となっている下着だ。それは日本人なら見覚えのある物によく似ている。
パンツはなんだかクロワッサンだし、ブラは思いっきりメロンパンだ。
* * *
ユウは部屋を移動させられる際、途中で見かけた結社のメンバーにことごとく声をかけ、簡単な挨拶を皮切りに忍法さしすせその術を駆使し、言葉巧みに「タキシード+眼帯」という出で立ちにさせる事に成功した。
最終的に、「今夜のメロリーナ様の結婚式に参列する者のドレスコードはタキシード+眼帯」という事がアジト内の結社メンバー内に広まったのである。
ヒョーガとゴーマ以外の結社メンバーは、元々全員が黒の全身タイツで、目と口の部分だけ穴が開いているだけの姿だったのだが、その全身タイツの上にタキシードを着て眼帯をした事により、更に見分けがつかなくなった。
ユウを控室に案内していたヒョーガが振り返ると、後ろには何人ものタキシードと眼帯の人物がいて、彼は何度か目をこすった。
「疲れているのかな、物がダブって見える」
眉間を軽く揉みながら前へ向き直ると、再び歩きだしてユウを控室に誘った。ユウは口の中で「忍法”木の葉を隠すなら森の中”!」とつぶやき、その集団に溶け込んだのち、やがて一人だけそっと横道に逸れて抜け出す。
ぞろぞろとヒョーガの後をついていくタキシードと眼帯の集団を見送って、自分の天才性にうっとりしながら人の気配がない方に向かって廊下を進んで行った。
* * *
人間としての尊厳を守り切った
特に鍵がかかっているわけでもなく、押したら普通に開いたのだ。開き方さえわかってしまえば、大した事がない仕掛けである。
とりあえずユウを探し出し、ここを脱出しなければならないのだが、いかにも研究所といった風情のこの建物は、廊下の脇に扉が連なっていて、時々ゲートがある作り。
物陰らしい物陰がないので、進行方向から人の気配がしたなら、中に人がいない事を祈りつつ、手近な部屋に逃げ込む以外なかった。
今回逃げ込んだ部屋は物置で、そこで彼は良い物を発見したのだ。
――段ボール!
かつてユウがこれを活用し、敵の目を欺いた事があった。あの時も自分が攫われて、というのが哀しい所だが。過去の思い出に蓋をして、手ごろな段ボールを背負うように入り込み、四つん這いでカサカサと廊下を進み、人の気配がすれば甲羅の中に閉じこもるカメのようになる。
息をひそめ、足音が遠ざかれば前に進むという事を繰り返した。
全身タイツの結社メンバーはヒョーガやゴーマのように喋らず、「キュイ」とか「シャー」とか「シェー」等という謎の言語でやり取りをしており、少年にはどのような意思疎通が行われているのか理解出来ない。
ユウがどうなったのか、現在位置がどのあたりなのかの把握もならぬまま彷徨っていると、不意に日本語が聞こえる。
「……実験は……」
「なるほど……は近いな。……それは可能……完成……」
「……失敗……いいだろう」
近づいてきているのか声が鮮明になって来る。慌てて動きを止めて、段ボールの中で息をひそめていると、前方から二人分の足音が聞こえて来た。こちらに来る。
「では、計画は続行と言う事ですね」
「ああ。でなければここまで我慢した意味がない」
「多田博士が味方で良かった」
「買い被らないでくれたまえ」
――多田?
「そういえばご子息は? やはり後を継がせるよう、教育を?」
「ユウか。いや、息子には自由にやらせてやろうと思っている。だが才能の片鱗は小さいころからあってな。親ばかだと思われるかもだが」
ユウの二十年後の姿と言われたら間違いなく信じられるような、良く知る少年によく似た姿に目を奪われた。
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