第4話 怠惰
異変に最初に気付いたのは、帰ってきたポイラッテだった。
「ユウ、そんなTシャツ持っていたっけ?」
「ん? いつものやつだけど」
ユウは黒地やグレーのTシャツを好み、今日もシンプルな黒いTシャツだった。
「背中側にお洒落なワンポイントがついてる」
「ワンポイント?」
体を捻るだけでは見えなくて、少年はTシャツを脱いだ。ポイラッテがうっすらと筋肉をまとい引き締まった少年らしいユウの上半身をガン見しているが、彼はそれに気づくより先にTシャツの柄に衝撃を受けた。
「セルジオ!?」
青いトカゲがぺったんこになって、ユウのTシャツのバックプリントと化していた。押し倒された時に潰したあの状態のままのようだ。
普段のセルジオならぺったんこになっても三十分もすれば戻り、笹山の胸ポケットに滑り込むのが常だ。しかしトカゲは未だに平面のままであり、なおかつTシャツと一体化していた。
その状態を見て、ポイラッテが目を見開く。
「これは伝説の……」
「伝説の?」
「ド根性状態」
「え? 何それ」
「エネルギーが不足している場合、救命措置として別の物体と合成して生き延びるのだ」
すると、青いトカゲのプリントが目を開いた。
「どうしよう、戻れない」
「エネルギー不足か! 笹山はいったい……」
振り向いたポイラッテの目に写るのは、青い髪の長身の男がユウのためにキッチンでコーヒーを淹れている姿。
「笹山が動いている、だ、と……?」
「豆から挽いてみたよ」
ユウには「特別だよ?」とウィンクをしながら角砂糖が三個入れられる。怠惰から遥かに遠い献身的なその姿。かつてはソファーに寝転がり、バディマスコットを含めた面々にあれしろこれしろと指図をしていた男が。
脱怠惰。
怠惰により創出されるエネルギーが失われ、セルジオはこの状態から脱却できなくなっているのだった。
笹山がこの状態であるなら、やれることは一つだけ。
ポイラッテはソファーの上で放心状態であぐらをかくユウの膝の上にごろんとあおむけになって収まった。
「緊急事態だから、セルジオのエネルギーを僕が作らなければいけない。あとは頼んだ……!」
そういうなりゴロゴロと怠惰にだらけ始めた。これはぐーたらしている訳ではなく必要だからやっているのだとアピールしながら、どさくさ紛れにユウの膝上を堪能する。そのまま卓上のポテチに手を伸ばし、寝転がったままポリポリパリパリしながら、テレビアニメを見始めた。絵に描いたような怠惰だ。私が代わりたいと、久々に壁がざわつく。
しかしながら代理の急場しのぎの怠惰ではろくなエネルギーにならないらしく、セルジオはTシャツのワンポイント状態のままだ。ぴょこんぴょこんと動いてTシャツから分離しようと試みたものの、何処かの黄色いカエルのようでしかない。ついて来れているか? 平成生まれの諸君。
しばらくポイラッテがゴロゴロしていたけど変化がない事に気付いたユウが、煩わし気にハムスターを横に投げ置いた。乱雑に扱われて「ぷぎょ」と変な音がする。
「俺、ちょっと出かけて来る。ポイラッテも帰って来たばかりで疲れているだろうから留守番してて」
「自分もついて行こうか」
いつもだったらヒラヒラと手を振るだけだった笹山が、腰を浮かせかける。それを少年は手で制し、畳もうと積んであった洗濯物の山から自分のグレーのTシャツを取り出すと被りながら言う。
「そろそろ
そんなユウの意図に気付いたのは、ポイラッテと一緒に戻ってきたまま存在感が皆無だったハニーだ。床で大人しく、ここまで繰り広げられる茶番を観察しながら箱座りをしていた。ユウの上半身裸シーンの事は後でジョンに伝え、嫉妬を煽ろうと考えながら。
おそらく笹山が甲斐甲斐しく動くのはユウが目の前にいる時だけ。彼が目の前から消えればいつもの怠惰に戻り、セルジオが元に戻れるという寸法だろう。ハニーが少年に対し、意図を把握したと頷いてみせれば、ユウが常識人の存在にほっと胸をなでおろしたような表情をする。
後で上半身裸の詳細をつぶさに報告される事も知らずに無邪気なものである。右の肩甲骨のところに三連星のようなホクロがあったよ♡ 等とジョンに伝えれば、直接見られなかったジョンは嫉妬のエネルギーを燃やすだろう。調整も完了したし、パワー充填でウサギの毛艶もよくなろうというもの。ハニーは自分の可愛さを良く知っていて、更に磨く事に余念がない。つまりこのウサギは、打算の塊であるが、少年の目には可愛くて賢くて頼りになるバディマスコットに映っていた。
ユウの思惑通り、少年が玄関から出て行くと笹山はだるそうにソファーに深く沈み込む。その向かい側のソファーで、ポイラッテが寝そべりながら、やっぱりポテチをかじっていて、怠惰×2の状態になっている。
早速セルジオはエネルギーがチャージされてはじめ、Tシャツの平面プリントがぷっくりとした立体プリントの様相を呈して来た。あと小一時間もこうしていたらTシャツから分離されそう。
それを見て安心したこともあるし、だらけた平和な二人を見ているとなんだかハニーもくつろぎの気分になり、気づけば寝てた。
まさかこの平和の裏で、早々に
地の文の不穏さを察知した壁が、風雲急を告げる展開があっさりと解説されるだけのこの状況にざわつきを増して行った。
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