第3話 最初の危機


 結社で不穏な計画が着々と準備されている頃、それ以前の問題でユウは危機を迎えていた。貞操の危機だ。

 セルジオから衝撃の事実を聞いてしんみりとしている所、突然襖がスパーンと音高く開いた。


「あれ!?」

「うっかり寝てしまったけど、やっと二人きりになれたね」


 等とのたまいながら、上機嫌の笹山がユウに近づくなり両腕を掴んで組み伏せた。毎回二人きりになりそうなところでポイラッテに薬を盛られ続けた彼は耐性を得たらしく、メルヘンハムスターが予想している時間より早く目覚めたのだ。

 なお、押し倒された際にセルジオをユウの背中でプチっと潰してしまった。彼は毎回誰かに潰されて気絶しているが、特に身体的に問題は生じていないので、今もアニメみたいにぺったんこになりつつも気絶しているだけなのだと思われるのが救いだ。

 だがこれで、ユウと青い髪の男は本当の意味で二人きりの状態になったのである。


「布団を敷いて待っていてくれるなんて、嬉しいな」

「笹山……さん! この布団はそういう意味では」


 ユウは敷きっぱなしの万年床である。たまに干してはいるが。


「君になら地球テラと呼ばれたい……」


 キラキラネームを耳元でささやかれ、息が首筋にかかる。ひえっと色気のない声が出た。必死でじたばたと手足をばたつかせて抗うが、上から体重をかけて来る方が当然強い。しかし同意があるとは言えない抵抗を受け、笹山は方法を変える事にした。やはり双方合意の上と言うのが望ましい関係を築けると考えを改めたのだ。押し倒す前に気付け。

 なおこの段階ですでに犯罪である。笹山アウト! の状態だが、この後同意が得られればなあなあに出来ると男は踏んだ。


「ユウは女の子にモテたい?」

「? そりゃあ……」


 突然の質問に面食らいながらも正直に答える。あわよくば美少女に囲まれてキャーキャー言われたいし、そんな風に周りに騒がれつつも、あえて興味がなさそうにクールに振る舞う自分がカッコイイと思うタイプだ。


「モテる男の条件は何か知っているかい?」

「顔がいいとかそういう……イケメン無罪的な」

「女の子の気持ちがわかるという事だよ。女性は”わかってくれる”にとても弱いんだ。女子の気持ちが理解できるというのがモテるための最短ルートだ」

「ふむふむ?」


 上にのしかかられた状態で突然始まった授業に、それでもモテたい欲求の強いユウは続きを待つ。


「つまりこのまま俺を受け入れる事で、君は女の子の気持ちがわかるようになる。つまりモテるようになる」

「んーーーー??」


 釈然としない。


「笹山……さんは、俺の事が好き、なのか?」

「気に入ってはいるが、恋愛感情はないかな」

「えっ、じゃあ何故」

「恋愛なんて面倒臭いじゃないか。相手の顔色を窺って一喜一憂したり、気に入られるように自分を変える努力をしたりだなんて。相手を運命が用意してくれているなら、それを受け入れた方が手間がなくて効率的じゃないか。既成事実さえできてしまえば後はどうとでも」

「いやいやいや!!」


 百歩、いや千歩ぐらい譲って、もし彼が自分に恋焦がれた思いの結果、このような暴挙に出たというなら納得でき……訂正する一万歩! 一万歩譲ってなら納得してもいい。

 ともかく、運命だからという理由は承服しがたいとユウは思った。


「運命とか非科学的だし! 俺は自分の相手は自分で探すし決める。あんたの怠惰な感情に巻き込まれてたまるか」


 思いっきり振りかぶった拳は、笹山の顔をかすめて眼鏡を飛ばした。


「!?」


 圧し掛かった男は慌てて眼鏡を探す。目が3みたいになってる。


「めがねめがね……」


 虚空をかきむしるように眼鏡を探すために体を起こした男を押しのけて、ユウは拘束から抜け出した。


「純粋に好きになってくれたというなら、一万……十万歩ほど譲って付き合ってやってもいい、とは、ごめんやっぱ思えないけど、仲間としてちゃんと仲良くしていこうと思っていたんだ。でもそんな気持ちは吹き飛んだ。あんたなんて大嫌いだ!」


 嫌いと言われ、やっと眼鏡を見つけて掛けた笹山の顔に絶望が浮かんだ。狼狽の表情を見せるのは頭脳派の彼としてはかなり珍しい事である。


「そんな、自分はただ……」

「おまえのいい所なんて、頭がいいところと顔がいいところと足が長い事と金持ちってところだけじゃないか。時々気遣いも出来て、優しかったりフォローしてくれたり、あとやっぱ顔がいいけど」

「なんだかすごく褒められてる気がする」


 怒りからだろうか。昂った気持ちが腹の底から涙を押し上げて来る。気づけばボロボロと涙が少年の頬を伝う。

 次々と落ちる水晶のごとく煌めく雫は、さながらサンキャッチャーのように周辺の光を集め、ユウをキラキラと輝かせた。目の錯覚かと、笹山は何度か目をしばたかせたが、チカチカと目の前が光り続ける。

 背後には点描のパステルカラーのシャボン玉がゆっくりと流れ、ユウには軽くグロー効果がかかってそこにキラキラが重なる様はとても可愛く感じられ、守りたいと心から思い、笹山はついに自分が真実の愛に目覚めた事を知る。


「これが、恋、なのか」


 笹山地球テラ、随分と遅い初恋の訪れである。


「すまなかったユウ。もう一度やり直させてくれないだろうか」

「ど、どこから……?」

「好きだ、愛してる。付き合って欲しい」

「お断りします」


 かぶり気味に即答をしたユウに、笹山はちょっと傷ついた顔をした。そんな顔をしてもダメなものはダメである。


「じゃあせめて、友達から」

「やだ」

「許してはくれないか……」


 あまりにも落ち込んで、しょんぼりとした枯れ切った顔を笹山がしたので、流石にユウは情が沸く。しおれたイケメンは悲壮感がすごい。


「仲間としてなら、これからも今まで通りで」


 パァっと青年の顔が輝いた。接触を断たれないのであれば、いつでも挽回の機会はあるであろうと。そのためには己の怠惰を返上せねばなるまいと強く心に誓う。

 しかし怠惰で無くなると、それをエネルギー源にしているセルジオはどうなるのか……?

 今の笹山に、それを考える余裕はない。


 なお今回は壁が随分と大人しかったが、このような事態なのでどういう方向に進んでも受け入れる覚悟で息をひそめていたようだ。よく訓練された壁である。


 

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