第2話 結社


「ボーナスカット」

「ひぃ、それだけはご勘弁を」


 氷点下の声色で下された採決に、ヒョーガとゴーマが床に額を擦りつける。ボーナス払いを設定している住宅ローンがあると、こういう所で惨事が起きる。しかもそろそろ、固定資産税の時期だ(リアルタイム)。


「じゃあおまえたちはこの失敗を、どう償うというのだ」


 こんなに激怒しているメロリーナを見るのは二人は初めて。流石は四天王候補……と喉を鳴らしてツバを飲み下す。彼女が足を組み替えるたびに胸元のたわわなメロンが組んだ腕に押されむぎゅっと形を柔らかに変えていくが、二人にはそれに興奮するような性癖がなかった。ユウであったらどうなるかは、賢明な読者諸君には容易に想像がつくであろう。

 壁からは「ユウの妄想が捗る」「触りたいと考えていたのは嘘。絶対顔を突っ込む」「ポイラッテの事をどうこう言えない」と、厳しいツッコミがすでに聞こえて来ている。

 壁の声は結社のメンバーにももちろん伝わらない。


 ヒョーガとゴーマ、どちらともつかずある事が閃いた。


「ブラックアイパッチなる者を我々で捕らえる事で、名誉挽回とさせてはいただけませんか」


 ヒョーガが恭しく口にしたセリフに、メロリーナの眉がピクリと動く。

 なおヒョーガとゴーマの二人はブラックアイパッチを直接は見ていないからその姿かたちはわからないが、とにかく黒い眼帯をしている少年を見つけ出せばよいのである。メロリーナは少年本体ではなく、眼帯そのものに恋している可能性もあると踏んでいた。それは彼女がフルーティア星人であるからだ。

 惑星というものは個々独立した進化と文明を築く事から、そのような性癖が生じてもおかしくないからである。最悪の場合黒い眼帯を持ってくればいい、そういう計算であった。

 壁から「いくら何でもそれはない」というツッコミが入っている気がするが、彼らは大まじめにそう考えている。宇宙は広いから色々あるのだ。


 二人は僅かに頬を赤く染めた上司を目敏く見とがめ、追い打ちをかけるようにゴーマが言う。


「必ず御前に、彼の者を捧げましょう」


 目をそらしつつも頷いた彼女を確認し、続けての退出を許す合図を得て二人は幹部部屋を出た。


「ヒョーガ兄貴はどんな計画を考えてるんですかい」

「恐らくオマエと同じだ。評議会で黒い眼帯の少年であればいいという事だろう。ヒーローズに一人手頃な奴がいた。黒髪のやつ。あいつは眼帯が似合いそうな気がする」

「黒に黒。成程、いいですね」

「ヒーローズの赤毛の少年なら変身前の顔がわかるから、あいつをまず捕まえて囮にしよう」

「前回はメロンでしたから、今度はシャインマスカットを用意します。ふるさと納税の返礼品で手頃なものが」

「いいアイデアだ。行くぞ」


 シャインマスカットでレッドを釣り上げ、レッドを餌にブラックを釣り上げる。まずは鯵を釣ってからそれを大物の餌にするような扱い。

 捕らえたブラックに眼帯を装着し、メロリーナの眼前に転がす。これで失敗は帳消しはおろか、評議会の弱体化にも繋がる一石二鳥でボーナスアップの可能性も。

 こうして結社によるヒーローズメンバー誘拐計画が動きだしたのだ。


 少年らはチョロいので簡単に捕まってしまいそうな不安が壁に広がる。そして恐らく、その予想と不安は的中する。


* * *


「結社が動かないうちに、僕とハニーは母船で合成生物体のメンテナンスをして来るよ」


 ついでにハニーの嫉妬エネルギー受信をフルーティア星人仕様にチューニングをすると言って、ポイラッテとスイートハニーは小型の宇宙船に乗って出かけて行った。飛び立つ瞬間、「バイバイキーン」というサウンドが鳴った気がするが幻聴かもしれない。まあそんな感じの見た目の乗り物であった。


 ジョンは仕事、烈人れつとはバイトでアルフォンスもついて行った。笹山はリビングのソファーで本を読んでいたが、先程からスヤスヤと寝息が聞こえて来る。

 洗濯物をベランダに干し終えたユウは、笹山と二人きりになる事に若干怯えていたが、ポイラッテあたりがどうやら笹山に眠り薬を盛ったらしく、彼は不自然なほどの爆睡っぷりで少年がリビングを行き来する音に一向に目を覚ます様子がない。仲間に一服盛るとは、ポイラッテ恐ろしい子……。

 寝息を立てる笹山は端正な顔立ちで、やたらとユウに対しBL展開に持ち込もうとする事さえなければ顔良し頭良し金持ちの三拍子揃いである事を改めて実感する。「こいつも女性だったらな……」等とユウが考えると、それを感知して壁がざわつく。「男同士だからいいのでは」「イケメンからしか摂取できない栄養素がある」と腐った台詞なので特段読まなくていい。


 穏やかな寝息を立てる笹山の胸ポケットが暑くなったらしく、寝ぼけたセルジオがにょろっと出て来る。

 ユウはふと思い立って、青いトカゲをつまみ上げ、自室に連れ込んだ。

 

「ふえ?」


 間の抜けたイケボで半開きの目のトカゲが布団の上でユウを見上げる。


「あのさ、アルフォンスはああ言ったけど、俺としては結社の考えを知っておきたい」


 以前ブルーが裏切り者ではないのかという話が出た時、セルジオが結社寄りの考えの持ち主であるという話を聞いた事を思い出したので、もしかしたらセルジオなら教えてくれるのではないかと思ったのだ。


「ああ、あれか……」


 トカゲは尻尾をしばし動かし、二本足で立ち上がると周囲の様子を確認するようにキョロキョロとした。今この部屋にいるのはユウとセルジオだけであることを確認すると、それでも用心ぶかくユウの膝を駆け上がり、ついには肩に到達して耳打ちするように語りはじめた。


「結社のメンバーは、評議会の決定で星を追われる事になった者達で構成されている」

「星を追われる?」

「そう。地球の場合だと文明的な進化を遂げたのが人間だけだから、あまり問題にならないだろうが、中には複数の種族が同時に進化して文明を築いた星だってある」

「それが予定と違った場合に、評議会が出て来るのか」

「うむ。本来その惑星が出来た時に繁栄されるとした種族を優先する。もともと進化して文明構築をする予定でなかった種族は、当然のごとく居場所を失う事になる」

「でも地球は本来、虫の惑星になる予定だったんだよね」

「そうなのだ。評議会の歪んでいる所はそこだ。常に予定通りにする事を徹底するなら星を追われた者達も多少の納得が出来たのだろうが、評議会は文明度や今後の発展状況を見て、予定通りでなくてもそれを許容する場合がある。地球のようにね」

「追い出される事になった種族としては、なるほど納得できないな」

「残される種族より文明的に劣っていると判断されたようで、プライドも傷つく。彼らは自分達が納得できるようにするため、”全てを予定通り”にする事に固執するようになった団体なのだ」

「だいたい評議会って何なんだ。何故彼らが宇宙のすべてを管理するんだ。茶々を入れずに自然に任せておけばいいのに……」

「……君たちの言葉で説明するなら、宇宙創造の神ってやつだからね」


 そう言って目を伏せた青いトカゲは、それを誇りに思っている様子は微塵もなく、苦虫をかみつぶしたような苦悩の声で言った。


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