第二章 ときには憂鬱だから

第1話 正義というものは


「ん……♡ ユウ、素敵デース、モット……イタッ」


 むにゃむにゃニヤニヤと、ちょっと良い夢を見ていたジョンの頭部の触覚を、ポイラッテがむんずと掴んで引っ張った。

 フルーティア星人の文化では、相手の触覚を引っ張る行為は宣戦布告、決闘の申し込み。その決闘はどちらかが倒れるまで終わらない。


「何をするデス! このげっ歯類め、今夜のディナーのプレートに乗せるDEATH!」

「不穏な単語を混ぜない方がいいのでは。あなたの愛しのユウが引いていますよ」


 眼鏡をクイっとしながら、ソファーに座る笹山がかっこよく足を組み替える。長い。

 ユウはそれに羨まし気な視線を送りつつ、その隣で慌てて帽子をかぶりなおすジョンが頬を赤らめて恥じらいながら内股でモジモジする姿は可愛くて「男じゃなければなあ!」を脳内で三十回ぐらい反芻した。


 壁から「男同士もありでは?」「ここは全て許される世界線です」等と囁く作者と読者の声が漏れ出しているが、残念ながら彼らに壁の言葉は届かない。そこには超えられない壁(比喩)がある。


 ユウは豊満なボディの女性が好きだ。これは差別とかそういうのではなく、好みの問題であって譲れない部分である。

 最もユウの好みにドンピシャなのが、担任教師の大塚先生。胸元の二つのたわわなメロンは、三つ願いがかなえられるならそのうちの一つに触る事を入れたい程だ。一つしか叶わないなら別の事を願うが、三つあるならそのうち一つは煩悩のままになりたい健康な男子高校生である。触るなどと遠回しに言っているが、なんなら谷間に顔を突っ込みたい。

 顔を突っ込むといえば、かつて敵女幹部の胸に顔を突っ込むというラッキー……事故があったが、あれは最高であった。


「それにしても、敵の行動の不可解さが目立つ」


 赤いシマエナガが男らしいイケボで疑問を口にする。時折ピチュという可愛い鳴き声が混ざるが、基本は野太い。もしこの作品がアニメ化されたら、随分と声優泣かせになるだろう。


「不可解って?」


 頭の上に小鳥を乗せたまま、床に座り込む烈人が問えば、同じく床で箱座りをしていたウサギのスイートハニーが鼻をぴくぴくさせながら答える。


「他の星では結社はもう少し強敵というか……。なんだか、地球では準備不足のまま行動しているかもしれない。もっと効率的にようバグを使いこなしても良さそうなんだけど、一匹準備出来たらその都度出しているみたいな行き当たりばったりの感じがするね」

「功を焦っているのかもしれない。地球に派遣されているのはコードネームをメロリーナという女幹部だが、地球攻略が四天王になるための昇級試験らしい」


 セルジオが訳知り顔で語る。


「あの人はメロリーナって言うのか」


 顔は仮面でわからなかったが、担任の大塚と同等の素晴らしいボリュームだった。思い出してニヤケ顔をしたユウに、ジョンとポイラッテが露骨に不機嫌になる。嫉妬のパワーがしれっとハニーにチャージされて、ウサギの首元のマフがふわっとボリュームを増した。


「一匹出たらその都度潰すというモグラたたき方式で対処するのもキリがないから、できればその女幹部を倒すか逮捕して、結社の行動を根本から封じるのがいいだろうな」


 笹山が参謀的に、これまでの情報を総括する。この意見には全員が賛成だ。しかしユウにはひとつ、気がかりな事があった。


「なあ、なんで結社の連中はこんな事をはじめたんだ。それをどうにかしないと、今いる敵を倒しても捕まえても、結局は新たな敵が送り込まれて来るだけなのでは」


 少年の本質を突く言葉に、評議会メンバーが顔を見合わせる。


「……地球人が知る必要のない事だ」


 メンバーを代表し、アルフォンスがピチュっと言い切る。

 その言葉に、僅かにユウは眉をしかめてポイラッテを見ると、目が合った浮遊ハムスターはまるで後ろ暗い事があるように目を逸らしたので、少年の心に微かな疑念が残る事となった。


* * *


「メロリーナさま本日はお日柄も良く無事のご帰還をお喜び申し上げ我々の美の女神は益々ご健勝の事と存じますつきましてはこの度の件につきまして、ひらにひらに」


 ヒョーガとゴーマが、豪奢な椅子に足を組んで座る金髪美女の前で土下座をし、額を床にすりつけて口上を述べた。一息で言い切ったので、何を言ってるのかよくわからない。

 仮面の美女はたわわな胸を強調するように足を組み替えると、ことさらに大げさな溜息をついた。超不機嫌だ。


 不機嫌の原因その一。超ウルトラ壊滅的に嫌いな虫に、体の真上を走られた不快感が未だ身体に残っている事。

 不機嫌の原因その二。部下が自分達のミスをヒーローズを使って無かった事にするため、勝手に妖バグを放った事。

 不機嫌の原因その三。攻略本を片手に異世界転移を堪能し、いよいよ隠しキャラのブラックアイパッチが登場する予定だった辺境スローライフに突入した直後、戻って来てしまった事。


 特に三つ目の要素はメロリーナを激怒させるのには十分だった。あれから会えていない、愛しの君に夢でも会えたらとどれほど願った事か。異世界転移は、その願いを叶えるために発生したと言えなくもなかった。


――ブラックアイパッチ様、お会いしたかった……!


 しかし、彼女は知らないが異世界転移のスローライフパートで出て来るのは眼帯ではあるが別人のむさいオッサンだったから(本物は転移していないため)、会わずにいられたのは実に幸いだったのだが、そこはシュレーディンガーの猫的に、会うまでは本物のブラックアイパッチではないかもしれないが、本物であるかもしれないという思考実験が成り立つのである。


 現実に会う方法となると、ブラックアイパッチは評議会側の人間。どうせなら自分が戻って来てからあの妖バグを出してくれれば、戦闘中に彼を見つける事が出来たかもしれない。

 妖バグの培養には時間がかかるから、暫くは評議会との戦いもお預け。それはブラックアイパッチに会うチャンスもお預けと言う事である。


 これが彼女の不機嫌の理由だった。

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