第5話 白い壁


「ほんとすまん!」


 天井も床も真っ白な四角い箱のような部屋では、赤い髪はとても目立つ。そんな彼は土下座していた。

 対する黒い服装のユウは、白い部屋ではまるで影のようだ。

 さすがの前話の二行の解説で納得できる者はいないだろうから、いったい何がどうなってこうなったかを語らなければなるまい。


 ユウがどれくらいの時間、笹山と離れていればセルジオが復帰するであろうかと計算しながら駅に向かっていると、前方から赤くて丸い見慣れた小鳥がよたよたと飛んで来るのが目に入った。


「アルフォンス!?」


 慌てて駆け寄ると、ユウの顔を視認した途端力尽きたように地面に落ち征くその体を、優しく掬いあげるように両手で抱き止めた。


「ユウ……すまない、烈人れつとが結社のやつらに……」


 丸々とした赤い小鳥を掌に置いた事に軽いデジャヴ感がありながらも、烈人と結社という単語にそれどころでなくなってしまったユウは、気を失いかける小鳥をゆする。鳥はえずくようにウェップと空気を吐き出した。再びのデジャヴ。でも以前、これと同じ状況がいつどこであったのか咄嗟には思い出せない。


烈人れつとはそれで今どこに?」

「駅の裏の雑居ビルに連れ込まれて、なんとか私は隙間から逃げて来たのだが」


 わざと逃げやすくされていた事など、アルフォンスは気づかない。ヒョーガとゴーマの二人は、赤い髪の少年を捕らえれば必ず評議会メンバーが助けを呼びに行くと踏んでいたのだ。誰が来るかとなれば、前線で赤い少年と共に戦っていた黒い少年……目的の眼帯が似合いそうなヒーローのはずと踏んでいて、それはまさに的中したというところ。


「まず俺が助けに行く。アルフォンスは落ち着いたら、マンションの仲間達に連絡を」

「……わかった……!」


 少年は小鳥を近くの茂みに突っ込んだ。動けるようになるまでにネコやカラスに襲われないようにするための対処だったのだが、これがよくなかった。アルフォンスは枝と枝の隙間に挟まって、出られなくなったのだ。普段なら羽毛で丸く見えるだけだから問題ない隙間だったのだが、アルフォンスの胃袋には大量のマスカットが詰め込まれていた。つまりそれを消化しないかぎり、茂みの檻から逃れられない事になる。

 増援が絶望的になった事を知らないまま、ユウは駅裏にある雑居ビル群に向かった。


 排他的でダークサイド感のある路地裏は、アウトローの香りがして少年の気分を昂らせたが、ヤンキー等に絡まれたら嫌だなという気持ちも沸いて、勇ましく駅裏に来たものの路地に入るころにはそろそろと周囲を窺いながら先に進む。アルフォンスが窓に目印をつけて来たと言っていたので窓枠を確認していくと、雑居ビルの三階のわずかに開いた窓の脇に赤い羽根がついているのが見えた。募金のやつじゃない事を祈りながら、恐る恐るそのビルの階段を登り、開いていた窓枠がある部屋であろう場所で、そっとドアノブに手をかけたところ……。


「チョロい」


 ドアノブから手がはずれ、ずり落ちるように地面に伏した黒い少年を足元に、全身黒いスーツ姿のヒョーガが立つ。彼はドアノブにスタンガン的な電流が流れる仕掛けをしておいたのだ。


「兄貴、メロリーナ様がおいでになるまでこいつらを何処に閉じ込めておきます? 人間が作ったこのビルだと評議会のやつらにすぐ見つかりませんかね」

「そうだな……。そうだ、開発中のアレに入れておこう。この少年二人であれば、絶対に出る事は出来ないだろう」



 そうして結社のアジトにある白い壁の部屋に、赤い少年と黒い少年は閉じ込められるのに至ったのである。

 上下感覚すら失いそうな明るい白い壁に囲われた部屋には、扉の類は見当たらない。完全に閉ざされた空間に見えた。

 だが何処から視線を感じる気もするし、空気がよどむ気配もない。恐らく宇宙の発展した技術で作られた部屋なのであろう。


「しかし何だろうこの部屋。烈人れつとは入れられる時の事を覚えているか?」

「すまない、オレも気絶してたから」

「何だろう、最近こういう部屋の話を聞いた気がする」


 必死に記憶を掘り起こすユウの脳裏に、一世を風靡したあの部屋の事が思い浮かんだ。


「もしかしてこれはセッ……、キスをしないと出られない部屋」

「セ?」

「キス!」

「何だそれ」


 烈人れつとはこういう系統の話に全く造詣が深くないようで、ネットで流行ったあれやこれやとなるとユウに分がある。

 しかしその系統の部屋であればなんらかの指示の張り紙があるはずだが、この部屋には何もない。 

 壁に触れて行くが、滑らかな平面に僅かな凹凸も見つからず、何処から部屋に入れられたのすらわからない。必ず扉があるはずなのだが見当たらないのだ。宇宙の技術おそるべし等と感心している場合ではないのだが。


「その”キスをしないと出られない部屋”って、どういうものなんだ」

「その名の通り、キスをする事で扉が開く」

「意味が分からなさすぎないか」

「同感だけど、一時期流行ってた」


 ちなみに結構、周回遅れである。


「ユウとオレがキスしたら開くのか?」

「その可能性が無くもないという事だから、別にしなくても……」

「オレははやくここから出たい」

「確かにここまで真っ白だと、気が狂いそうだよな」


 そうまわりを見渡すユウに、烈人れつとは恥ずかしそうにモジモジとした。


「いや、トイレに行きたい」


 シャインマスカット試食し放題に、調子に乗って気絶するまで食べた事などユウに言えるはずもないが、果物大量摂取の結果、人としての尊厳を賭けた戦いが少年の中に発生していた。実は意識を回復してすぐからなので、それなりに時間が経過している。

 つまり我慢は限界に達しており、キスで出られるなら出たいという心理。


「ユウ、キスしよう」


 その台詞に白い壁が色めき立つが、対するユウは顔色を失う。


「マジかよ」


 もはや一切の余裕のない烈人れつとは、しなだれかかるようにユウの両肩に手を添え、少年の戸惑いを無視して顔を寄せる。

 背景に一気に薔薇が咲き乱れ、触れあう唇を花びらで隠す準備は万端だったが、キスする直前に壁全体がパッカーンと開いた。


「扉じゃないのかよ!」


 部屋というより箱だったらしい。

 冷静にツッコミをするユウと、BがLする5mm前の状態の烈人の姿を、ヒョーガとゴーマは見る羽目になり、気まずい空気がお互いの間に流れた。

 

 

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