第6話 地球の平和はその双肩に


ど・う・い・う・こ・と・だ俺の涙を返せ


 言いたい事がたくさんありすぎるため、ユウのセリフを音声多重放送でお送りしました。

 少年が新生ポイラッテ(?)の両方のほっぺを掴み左右に限界まで引っ張ると、頬袋は面白いように伸び切った。つきたての餅かな?


「ひゃはら、ひったじゃなひゃいか」


 ほっぺを引っ張られて上手く喋れないポイラッテに変わり、ハニーが解説してくれる。


「えっと、ポイラッテが最初に説明していると思うんだけど、バディマスコットは仮初めの姿。合成生物体であって、そこに評議会メンバーの精神を入れて稼働させているんだ。本体は母星にあって、ここにあるのは精神体……地球人の概念でいうなら魂のみっていうことかな。もちろん合成生物体のスペアも十分に用意されている」

「じゃあ、死なないという事?」


 これからは盾や囮として多用しようかと脳裏をよぎる。


「身体を失ったからといって、死に直結するわけじゃないよ。でも痛みや苦しさはあるし、それが母星にある本体に影響を与えないわけじゃない。それでもポイラッテは自らを盾にする事を選んだんだ。ユウのためにね」

「おまえ……」


 手を緩めると、ほっぺがぺちんとゴムのように戻って頬を打ち、引っ張られるよりそちらの方が痛かったようで、短い手でさすさすと両頬をもみしだくとポイラッテは上目遣いで媚びるような表情をする。


「合成生物体の生成にはコストがかかるんだ。失うような事があれば当然その分のペナルティがあって、それは罰金として給料から天引きされる形になるんだけど……」

「実は、合成生物体の喪失のペナルティ天引きは、俺たちの月々の給料よりはるかに高い」


 急に野太い声が頭上から聞こえ、顔を上げると赤くて丸い物体がユウの顔面に落ちて来た。


「アルフォン……ぶっ」

「おっとすまん」


 丸い球体がユウの顔の中央に一瞬めりこんで、スーパーボールもかくやといった風情で跳ねてジョンの帽子の上で止まる。


「ポイラッテ、おまえ損害保険は?」

「エヘ☆ ちょっと前にお店の女の子に入れ込んじゃってお金が足りなくて、その時に解約しちゃった」

「じゃあ全額自腹だな!」


 フンス、と鼻息荒く赤いシマエナガが呆れたように言う。

 ハニーが心底情けなさそうに溜息をつきながら、ユウを憐れむように見つめた。


「ユウ、残念だけどこのペナルティは相棒かつ婚約者でもある君も無関係ではいられない。連座というか……連帯責任なんだ」

「えっ!?」

「先日、マジカルヒーローを脱退したいような事を言ってたけど、このペナルティ分の借金返済を終えなければ抜ける事は出来ない。君も宇宙刑務所には入りたくないだろう?」

「いったいいくらなんだよ」


 ポイラッテのほっぺをもう一度ひっぱる。頬袋の隙間から、一緒に消えたと思われたユウの黒歴史ノートがチラっと見えたので、少し引っ張りを緩めて目を逸らす。


「七万銀河ケラッチョデリ……」


 そんなポイラッテの口から、知らない単位が出て来た。


「日本円で換算すると三千七百十四万七千百四十三円」

「そ、そんなのどうやって返すんだよ!」


 一戸建ての金額で、学生のユウにそんな大金は到底用意できない。三十年ローンでも返せるかどうか。


「妖バグ一体撃退で五百万ほどのボーナスになるし、結社を壊滅させれば清算されて、必要経費として計上しチャラに出来るかもしれない……かなあ……?」

「なんでそんなに自信なさげなの」

「今まで損害保険なしで合成生物体を喪失させた人、見た事ないから」


 呆れたようにハニーが言う。

 しょんぼりと申し訳なさそうにするポイラッテは、もみ手をしてもじもじし続けている。

 もしポイラッテが庇ってくれなければ、ユウの命はなかったであろう。どのみち、マジカルヒーローとなってしまった今、続けなければならぬ戦いである。こうなった以上はもう、覚悟を決めなければならない。戦う自分のカッコよさに、色々と満たされているというのもある。


「なあ、歓談中に割り込んで悪いんだけど」


 不意に烈人れつとの声がした。アルフォンスがいるという事は彼がいてもおかしくはないが。


「あれ!? 学校はどうしたんだ」

「お腹が痛いと言って早退しちゃった。戦闘には間に合わなかったけど」


 頭に手をやって片目をつぶり、テヘペロという仕草をしてみせるが、宇宙刑務所収監という恐ろしい刑罰がユウの脳裏をよぎる。


「あー、烈人れつとはこうやって頻繁に、やれ好きなバンドのライブがあるだとか、アイドルのサイン会があるとか、バイトがあるとかでしょっちゅう早退しまくっているので、これもノーカンだろう。真面目に勉強して欲しいものだが」


 アルフォンスが困ったような顔をするが、本人はどこ吹く風である。


「俺の本業は”好きなようにして生きて行く事”だからな! あ、そうそう。さっき銃を撃ったやつを捕獲しようとしたんだけど逃げられてしまったんだ」


 何だよその本業! と突っ込もうとしたらちゃんと仕事してた。


「それで、こんな物を落としていったんだけどこれって……」


 彼の手にあるのは……黒いマイクロビキニのブラ部分、に一瞬見えてしまってユウは頭を振って改めて見ると、それはかつて彼が落とした眼帯であった。


「これは俺の変装用の」


 受け取って確認をするが間違いない。

 先日、校内で落としたはずのものであった。


――まさか学校内に結社のメンバーがいる……!?


 衝撃の事実にユウは打ちのめされるが、チャンスかもしれない。正体を突き止めて結社自体を壊滅させればヒーローの仕事はそれで終わりだ。妖バグを一体ずつ仕留めるよりそちらの方が確実であろう。

 同じ校内にいるなら、発見はたやすいかもしれないとも思った。

 少年はぎゅっと眼帯を握りしめる。


「まあなんだ! まだ始まったばかりじゃないか、焦らず行こうぜ」


 レッドに相応しいリーダー的な彼の熱い台詞はユウの高揚感を煽る。「やれやれだぜ」とクールな仕草をしながらも烈人れつとが差し出した右手の上に己の右手を重ねる。フッと笑って眼鏡を上げながらその上に手を重ねようとした笹山を押しのけて、ジョンがふわりと右手を乗せ、勝ち誇った顔を笹山に向ける。眼鏡の男はぐぅと怯んだが、眼鏡をもう一度整えるとその上に右手を乗せた。

 烈人が満足げに頷くと、アルフォンスが声高らかに叫ぶ。


「マジカル・ヒーローズ!」


 そして全員で唱和する。


「ファイ・オー!」



「マジカル・ヒーローズ!」

「ファイ・オー!」

「マジカル・ヒーローズ!」

「ファイ・オー!」


 そして全員で秋空に向かって拳を突き上げる。

 青春の汗が輝いて散るその光景を、バディマスコットたちが満足げに見守る。


 ユウは薄々「思ってたのとちょっと違う」と気づいていたが、自分以外のメンバーがいい顔をしていたので、自分もいい顔をしておいた。ビバ協調性。

 実際のところ、烈人れつとも、笹山も、ジョンも「これから野球でもはじめるんか?」と、想像と違う雰囲気を感じ取っていたが、自分以外のメンバーがすごく爽やかないい顔をして見えたから、自分も満足そうな顔を取り繕っていた。


 全員が揃い、彼らの戦いはこれからが本番である。

 戦えマジカルヒーローズ! 明日の、地球の、平和のために!



―― 第一部 完 ――

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