第5話 何かの数だけ強くなれる。


 妖バグの装甲を両断できるブラックのメイン武器青いは青い刀(ユウは青龍丸ディープシー・ドラゴニアと密かに心で呼んでいる)。黒く硬質な光沢の外骨格に接しようとした瞬間、敵は真上からの攻撃を見ていたかのように、頭を引いて易々と刃から逃れた。


 武器召喚のための大声で叫ぶ自己紹介で、せっかくの真上からの攻撃が不意打ちとはならなかったのである。


「うわっ、とっと」


 豪快な空振りをしてしまったユウは体勢を崩し、猫科の動物のように反転しての着地が出来たものの、続く妖バグの攻撃を避ける事ができず、わき腹に大きく振りかぶった大ムカデの頭の一撃を食らってしまって跳ね飛ばされ、校庭の植え込みの中に頭から突っ込んだ。

 跳ね飛ばされたと同時に刀が右手から離れ、敵の足元に落としてしまう。


「くそっ」


 慌てて体を起こすが、刀の上をムカデの太い足が次々と走り、踏みつぶしていくのが見え、ピアノ線を弾くような金属音が轟音に重なった。

 そのまま流れるようにユウに向かってきた巨体を、少年は腹部に残るダメージの痛みに耐えながら横に飛ぶと地面を数回転がり、続けて繰り出されるムカデの頭の動きを跳躍で避けた。先ほどまでユウがいた場所には小さなクレーターが出来上がっている。

 そして唯一の武器である刀は無残に折れ、地面に青い断片を散らせているのが目の端に見えた。


「武器って、あれだけだよな……どうしたらい、いっ!?」


 呟く暇も与えられず、次々とムカデの巨体が少年を襲うが忍者さながらの素早さで回避は出来ていた。そしてかっこよく回転し、身を捻り、ギリギリで攻撃を避ける自分がとってもスタイリッシュだから、ユウの中二心は激しくたぎり、それが武器を失っても闘志を弱めない。

 それでも打開策が見つからぬまま無為に時間が過ぎる。


 校庭の端で、笹山が顎に手を添え何かしら考えている様子だが、「面倒臭いから学校ごと爆破する方法はないだろうか」という考えが如実に表れているのを見てとったジョンと彼の腕に抱かれるハニーが、必死に首を左右に振る。なおセルジオは笹山が適当に妙案を考えるだろうと、昼寝を決め込んで彼のポケットから出ていない。


 黒い巨体が暴れまわり校庭は穴だらけだし、回避に壁を使った時に校舎にもダメージが入ってしまった。大ムカデの巨体が学校の外壁にめり込み、ガラスの破片とコンクリートの塊がスローモーションで散る。

 爆発等の派手な演出のない大きい黒VS小さい黒のバトルの様子は若干地味な絵面である。秋空の澄み切った青さがこの戦いに彩りを添えている感じであろうか。


 そこに新たな色が加わった。


「いてっ」


 頬をかすった破片でできた僅かな裂傷からの流血を、腕でこすって拭う。今の俺、カッコイイ! などと思う余裕がどんどん無くなる。

 大ムカデの動きはより機敏に、的確にユウを追い詰めて来ていた。


――これは誰かが操作している……!?


「ポイラッテ! 近くに操っているやつがいるかもしれない、探してくれないか」


 回避の合間に必死にそれだけを叫ぶと、ポイラッテは縦に細くヒュンと伸びてから即、太く縮んで頷く。軟体動物みたいで気持ち悪いがそれがポイラッテの了承の仕草だったようで、パタパタと小さな羽根を動かしてふよふよと重い体で周辺探索に向かった。


――頼んだぞ、相棒!


 いつの間にか、ポイラッテを信頼するようになっている自分が少し気恥しいのと、今は避けるばかりでちょっと情けない感じがしてきたユウのマイナス思考は、マジカルヒーローとしての力を弱めて行く。ここにヒロイン的な美少女がいてくれればテンションが上がるが、唯一それに近い存在であるジョンは残念ながら年上男性。異星じゃなく異性であれば。


「ユウ! あそこに!」


 ポイラッテの良く通るカッコイイ声が耳に届いた。ポイラッテの指し示す方向にはグラウンドの夜間照明用のライト。その頂点には太目の男と細身の男のシルエットが見える。いつか烈人れつとを拉致した怪しい二人組で間違いない。


「あいつらか!」


 ユウは妖バグの動きを先読みし、鎌首を持ち上げたその下をくぐり抜けるように走り、照明に向かう。

 しかし太い鉄の支柱を登るには、電球交換の時だけ使われる細く小さなはしごしかなかった。


――あれで登っていると逃げ場がない。恰好の標的になってしまう。


 その思案中にも追いかけてきた巨大ムカデの攻撃を避ける事になり、流石のユウも余裕が無くなり、校舎側の不審な人影に気付くのが遅れた。


 教員と学生が退避して無人のはずの校舎にたわわな胸の揺らぎを持つ人物を認知したとき、すでに相手はライフルのような形状の近未来デザインの銃を構え終え、こちらに向けて引き金を引いてレーザー光線を発射した。

 ピンチの時は全てがスローモーションに見えるというが、光線の速さは追えるものではなく、到底回避できるものではない。目を閉じるのがやっとだった。


 次の瞬間には撃ち抜かれていたであろう自分の身に何も起こらない事に気付いた少年は、硬く閉じていた瞼を上げる。

 そして次の瞬間には見開いていた。


「ポイラッテ!?」


 敵と自分の間にピンクとブルーと白の、もっちりとした物体が力なくつぶれ、重力のままに体を横たえる。

 地面にピンク色の液体がゆっくりと広がって行くのが見えた。

 地球人には無理な事も、異星人である彼らなら……。


――あいつ――!!


 それは相棒を傷つけられた怒りであっただろうか。


 少年の心の中に爆発的な力の渦が巻き上がり、左の金色の瞳がひときわ神々しく輝いたかと思うと、右肩から禍々しい黒い翼が伸びあがって黒い羽根をまき散らしながら巨大な竜巻を創出した。

 そこにいた誰もが、魔王の復活を見たのかもしれない。魔王がどんなものか知らなくても、なんとなく魔王っぽい! というビジュアル。生憎不釣り合いな青空が背後に広がる。


 その風圧で照明上に立っていた二人の男は見せ場を作る前に吹き飛ばされ、遠くでキラーンと輝く星と化す。

 銃を撃ったとおぼしき人物も弾き飛ばされて校舎に体を打ち付け、武器を取り落として動かなくなった。


 妖バグは呆けたように動きを止めていたが、何かの電子音に反応して体を起こすと、勢いをつけて地面に潜り込み逃げ去って行く。


 それまでの喧騒が嘘のように音が止み、少年の周囲の風は治まり、片翼も空気に溶けるように消え去った。ふらりふらりと足を進めると土を踏むジャリっという音だけが耳につく。

 地面でうつ伏せでぐったりとする巨大ハムスターもどきの下に手を差し入れ、体を上向かせる。


「ポイラッテ?」

「う、ユウ……」


 マシュマロボディの中央には大きな丸い穴、そこからとめどなくピンクの液体が溢れだす。それが彼らの血液であることは間違いなかった。

 

「心配しないでユウ……君が無事でよかった。君はこの地球の希望、君さえ無事なら結社は敵じゃない……ゴフッ」

「今、ジョンに治療を」

「……評議会にはいくらでも代わりが……泣かないで」

「今更、おまえの代わりだなんて」


 ポイラッテに言われてはじめて、自分がボロボロと涙を落としている事に気付いた。透明な雫がとめどなく落ちて行く。


「ユウが……マジカルヒーローになってくれて……良かった……」


 ポイラッテのイケボな声は徐々に小さくなり、掠れるように消える。


 ぐったりとした体を地面に横たえると、光の粒子となって散っていくかつての相棒の姿。それを切なく見送っていると、肩に手を置かれた。

 振り向くと銀縁眼鏡の男、笹山。

 今はなんとなく、誰でもいいから抱き着いて縋りつきたい気分だったが、僅かに残った理性がこいつだけはやめておけと訴えて来たから、なんとか踏みとどまる。


 立ち上がると、笹山の後ろにはハニーを抱いたジョンが心配そうな上目遣いで少年を見上げる。


 そしてその更に向こう側に、今しがた美しく散ったはずのポイラッテがふよふよ浮きながら、うっふんセクシーポーズでウィンクを決めて来た。


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