第5話 黒と白
心を揺さぶられつつもブルーの提案を受け入れると色々とやばい気がして(主に貞操)、逃げるようにマンションを後にしたユウだが、よくよく考えると迷う必要は一切なかった。母を一人にする事は単身赴任中の父に言われた「お母さんを頼んだぞ」という約束を反故する事になってしまう。
そもそも断る一択しかなかったのに、あの語り口と声を聞いていると、思わず「それも良いのでは」と考えてしまって危なかった。
後日改めて、一緒に暮らす件はきっちり断らなければなるまい。
そのように考えながら帰宅し、自室のベッドに腰を下ろすとポイラッテはちょこんとその傍らに大人しく座り込んだ。
今度はポイラッテのテンションがだだ下がりになってしまったのも気がかりだ。あんなにべたべたして陽気だったのに、今はしょんもりと俯いている。
ユウとしては婚約も望んだ事ではないが、美形かつクールで甘い声の大学生の恋人になるという選択肢も自分の中にはない。
多分。
新たな扉が開いたらどうしようという不安はあるが。
傍にいるとこじ開けられそうな気がしないでもない。
自分の好みはやはり、ちょっぴりロリ顔で胸とお尻がプリンとした、太ももにニーハイの段差が出来るピンク髪のツインテールの女の子だ。性格はいつもツンツンしてるのに時々甘えてくれると最高である。不器用で料理はちょっと下手くそで……。
と、妄想が進んだところでハッと我に返る。一度は捨てたはずの想像を深める癖が、ポイラッテと出会ってから再発している事に危機感を感じた。しかし、だ。するすると次々に設定が思いついていく様は、もしかして自分には創作関連の才能があるのではないかとも思わせる。
マジカルヒーローとして無事に地球から結社を撃退すれば、ポイラッテ達も母星に戻るであろう。恐らくマジカルヒーローという立場でなければ出会う事のなかったであろう烈人や笹山、スミスとも付き合いは無くなる。そうなった時の自分の今後も、高校生ともなればきちんと考えておかねばならない。
これらの体験を綴ったライトノベルで作家を目指すもよし。ゲームクリエイターとして名を馳せるもよし。マンガ原作という道も魅力的だ。
そうなれば自分のこの想像癖(妄想癖とは言いたくない)というのは十分将来の武器になる。抑えつける事なく、むしろ伸ばして才能の開花を目指すべきなのではないかと思い至る。
札束風呂に入り、巨乳の美女を両脇に抱えてゴールドのネックレスやロレックスの腕時計を装備し、億ションに住み、車は四台持ちという将来の自分を妄想していると自然と口元が緩みそうになって、必死に顔を引き締める。発想が昭和だが、令和生まれのユウはそれに気づかない。
そんなユウを、落ち込んだ様子でポイラッテが見上げる。
「ブルーとの関係性について黙ってたこと、怒った?」
懸命に緩む顔を抑えていたら、思いのほか険しい顔になっていたようだ。上目遣いでおどおどとした様子は今までにない姿だったから、ユウはなるべく優しく見えるように微笑んでやった。
「怒ってないよ。ブルーから守ってくれてありがとう」
礼を言うと、パァァァっと目に見えてポイラッテの表情が明るくなる。そのまま図々しく膝の上にのそのそと乗って来たが、振り払う事なくそのままにし、さわり心地の良いむっちりとした体を撫でてやる。
ハムスターはうっとりとした表情で身を任せて来たので、ユウは「あれ? こいつ結構かわいいな」と思ってしまった。
「ところで何でおまえそんな色なの? アルフォンスは赤だし、セルジオは青だったのに、どうして黒じゃないんだ」
「あ、これ? 元々は黒と対になるように真っ白だったんだよぅ。でもユウのノートを見て、ユウの好みに少しでも近づこうと思って染めたんだ」
頬を赤らめてもじもじとする。
ユウのノートに描かれたヒロインは、ピンク髪の水色ドレス。ポイラッテも頭頂部はピンクで下半身は水色。色だけ合っていても仕方ないのだが、自分のために努力してくれたと知っていじらしさが胸を打つ。
「なんかおまえ、かわいいな」
ぽろりと感想が零れ落ちると、ポイラッテの毛がフワァと膨らんで一気にひとまわり大きくなる。目はキラキラでうるうる、ピンクの部位が増えて超絶ラブリーに。
小さな手足、むっちりとした最高のさわり心地のボディ、ふわふわもこもこの毛、ぴくぴく動く薄い耳。
ほっぺをさわれば更なるもみ心地アップをするためか、ポイラッテは精一杯寄せて、上げた。たわわでセンシティブな頬袋の出来上がりだ。
バディマスコットの中で一番可愛いのかもしれないと思える。あくまでペット的な存在として、なのだが。
とにかくその言葉はポイラッテを超絶喜ばせた。
喜び勇んで調子にのってユウのシャツをめくりあげ、もぞもぞと中に入りこもうとしたため首の後ろを掴んで引っ張り出され、脳天に手刀の一撃ののち、いつも通り段ボールに放り込まれた。
「た……タスケテ……」
蚊の鳴くような、か細く消え入りそうな声が聞こえる。
「そんな作り声で同情を煽ってもダメだぞ!」
「今の、僕じゃないよ!?」
「ス……ケテ」
ポイラッテの低く涼し気な男の声とは違う、少年のような可愛らしさ。それが小さく、ポイラッテの首元の通信機から聞こえて来た。
ポイラッテの耳と鼻から血の気が引いて、ピンクだった部位が青みを帯びている。
「ハニー!? もしかしてスイートハニーなのかい?」
「助けて、ポイ……」
通信機に向かって叫ぶポイラッテの口から出た「ハニー」という呼びかけに、ユウの胸がチクりと傷み、慌てて右手で胸を抑え込んだ。
――なんだ? 別にこいつにハニーと呼ぶ相手がいたって俺には関係ないはずなのに、この胸の痛みは一体……?
通信の蚊帳の外に置かれた事もあり、先程まで膝上に残されていたぬくもりが、急激に冷めて行くように感じた。
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次回予告:https://kakuyomu.jp/users/cyocorune/news/16817139555399021606
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