第4話 限りなく不透明に近いブラック


 ブルーに選ばれるのに相応しい地球テラという名を持つ彼は、顎に手を添えて考え込む仕草を見せた。いわゆる考える人ポーズ。


「連絡を取っていなかった事で、まさか裏切り者だと思われていたとは」

「すみません……」


 真摯に謝罪の思いをこめて頭を下げるユウだったが、裏切り者扱いをしていたのはアルフォンスとポイラッテの両名である。


 笹山の肩に乗った青いトカゲはせわしなく、チョロチョロと歩きまわっているし、明らかに勉強家である様子の彼らの何処に”怠惰”があるのかがわからずに首をかしげる少年に、セルジオは申し訳なさそうに口を開く。


「こいつはな、わからない事があるたびにいちいち調べるのが面倒くさいから最初から全部覚えておこうとしているという、変な方向に怠惰なのだ……。そして集中すると周囲が全く見えなくなる、音も聞こえなくなる。つられてオレも時間の概念を失って、ただひたすら寝てた。おそらくこの土地の気温が低すぎて半分冬眠になっていたのだとも思う。そして今もまだ眠い!」


 せわしなく動き回っているのは、寝てしまわないためのようだ。チョロチョロと這いずり回られて、笹山はくすぐったくないのだろうかと心配になるが、全く彼は表情を変えない。まさかとは思うが、表情を動かすのが面倒くさいという事はないだろうか。


「自分の大学は君達高校生と同様に土日が休みだけど、集中すると着信音にも気づけなくて。いつでも手は貸したいという気持ちはあるけど、気づかなかったら申し訳ないな……」

「今までも結局一人でなんとかしてきましたし、無理には」


 チームで戦える機会など、おそらくこの調子ではないのだろう。なんとかポイラッテと二人で何とかしていくしかない。とりあえず存在しているのが明らかだった妖バグを三匹倒し、しばらくは平穏なはず。


「一番いいのは一緒に暮らす事なんだけど」

「は?」


 突拍子もない提案が飛び出した気がして、ユウはきょとんとした顔で笹山を見返すと、彼はすっと少年の前に立って静かに頬を撫でる。愛おし気な触れ方だったので、ベッドの上に座っていたポイラッテの表情がシワシワに険しくなる。別の意味でレーティングが必要そう。


「合理的ではなかろうか? 休みがその都度で合わないといけないとなるとミーティングすらままならない。メンバーのスケジュールを聞いた感じだと、何かあれば前線で戦う羽目になるのは君ばかりになってしまう。部屋も余っているしね」

 

 白くて長い指の背でツイッと少年の滑らかな顎を撫でる。意味深である。それを凝視していたポイラッテの顔についにモザイクが入った。セルジオにはモザイクの下の顔が見えてしまったので、笹山の服の内側に逃げ込んだ。


「君にばかり負担をかけるのは感心しないな。我々はチームだろう? 常に一緒にいるべきだと思う。特に参謀である自分とはね」

「俺、まだ高校生ですし、あの、その」

「同居していれば今日みたいな日なら一緒に行ってあげられるよ? 音に気付かなくても流石に肩を叩かれれば気付けるしね。家賃は心配しなくてもいいよ。もし気づまりというなら、少し家事をやってもらえると助かるけども」


 気だるげに見える微笑みは、とにかく甘い。

 美しい唇から紡がれるとろけるような声が、優しくしっとりとユウの耳に流し込まれて行く。

 彼は更に少年の耳の傍により、それに合わせ声は囁くように小さくなるが内容は過激さをましていく。


「他のメンバーは難しくても、君なら大丈夫じゃないかな? 勉強も見てあげられるよ。他にもを教えてあげられるし」

「フグォオオオオオ! それ以上ユウに近づくなぁあああ!」


 ハムスターからフグから空気が抜けるような雄たけびが上がり、モザイク案件の形相のままでユウと笹山の間に割り込み、渾身の右ストレートを医学生の男に繰り出す、が、手が短くて届かず軽く簡単にヒョイッと避けられた。

 ポイラッテが割り込む直前、笹山の唇はユウの耳に触れてチュッと軽い音を立てていたため、少年はその左耳を手で押さえて真っ赤になるしかない。

 そんな彼を守るべく立ちはだかる(ふよふよ飛びながら)ポイラッテがユウの目に珍しく頼もしいように見えた。


「ポイラッテ君」

「な、なにさ」


 甘い声で優しく名前を呼ばれ、ハムスターは若干怯んだ。ポイラッテはどうしようもなくこの声が好きィィ!


「あの家にいる限り、君の揉みだしダイエットは続いてしまうだろうね。それにお母さんの目があると、彼といちゃつくのも難しいのではないかい? この家なら、自分は物音には気付く事がないから好きにやり放題だよ」


 ポイラッテは顔文字の( ゚д゚)ハッ!の顔をした。縦書き読みの人はごめんなさい。

 こんなふうに言葉巧みに相手の心理を読み、心を揺さぶる話をして己の要求を呑ませ、思い通りに操るブルーの能力の真骨頂。

 このマンションでユウと笹山が一緒に暮らした方が自分も幸せになるような気分になって、ポイラッテの心の天秤が大きく傾く。


「自分がブルーである限り、ブラックであるユウ君とは運命的なものがある事は承知してくれているよね。セルジオから細かく説明を受けているからこちらは覚悟の上だよ。今日直接彼に会って、むしろ望むところだと思ったしね。ポイラッテ君も知っている事だと思うのだが、どうやらこの話はユウ君にしていないのかな」

「この話?」


 ユウが左耳を抑えたまま二人の会話に割り込むと、モザイクが外れたポイラッテが気まずそうに目を逸らした。


「でも、でも、ユウは僕の婚約者になる事を承諾してくれたもん!」

「それはあくまで便宜上のものとしてだろう? ブラックとブルーの関係性を阻害する理由にはならないよ」

「関係性……?」


 恐る恐る問いかけるユウに、笹山は美しくもはかなげで、柔和な微笑みを向けながら衝撃の一言を発する。


「BLACKとBLUEだからね」


 とても良い発音で言われたので、ユウの脳内にローマ字が躍る。


「BL……つながり……」


 雑にその要素を突っ込んで来る作者により、ボーイズラブするのが運命づけられている二人なのであった。


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次回予告

https://kakuyomu.jp/users/cyocorune/news/16817139555042352782

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