第3話 地球は青かった


「機械だったのか」


 ポイラッテはふよふよと飛んで両断された妖バグの切断面を間近で見やる。精巧でメカニカルな構造はポイラッテが生まれた進化した文明圏で見受けられる内容であったから、ハムスターもどきはつぶらな瞳を細める。


「地球の技術ではないや。明らかに結社の手によるものだね……。特定の惑星の文明に影響を与える可能性のある技術や知識の利用は、絶対的に禁止されているのに奴らはお構いなしだから手に負えない」


 ユウが最初に倒した一匹は、動きや体液の様子からも巨大化した虫で間違いない。しかしゆっくりと見る余裕がなくて放置した烈人れつとが倒した二匹目はどうだったろうか。

 報道では二匹目の死骸を回収したという話は出ていなかった事をユウは思い出す。

 ハッと何かに気付くと死骸の傍にいるポイラッテに駆け寄り、小脇に抱え込んでその場から距離を取る。


「あん、ユウったら昼間っから強引な♡」


 ポイラッテが頬を赤らめ、甘くセクシーな声色で頓珍漢な発言をしたが、よく通るイケボをかき消すように間髪を入れずに全身に圧を感じる大きな爆発音。

 この爆発を予想していたらしいユウは、咄嗟にポイラッテを庇うようにして地面に伏せる。続いて爆風と瓦礫の破片が二人に襲い掛かった。


「なっ……じ、自爆した……?」


 ポイラッテがユウの腕の中で信じられないという声を上げる。

 煙がモクモクと天に向かって伸び、上部はキノコ雲のように端を巻き込みながら、不吉なドクロの形状を作り上げる。


「爆破して証拠隠滅とは。……ユウ?」


 ポイラッテの上にある少年の変身はすでに解けており、休日にいつも着ている黒いジャージ姿の細身の体がグラリと傾いたかと思うと、ポイラッテを潰すように地面に倒れ込んだ。

 額からゆっくりと鮮血が伝う。


「ユウ!」


 ポイラッテを庇うようにした彼は、瓦礫の破片を受けていたのだ。

 ぐにんぐにんと首を伸ばしながら、太り気味のハムスターはなんとか少年の体の下から抜け出すと、首元の石を調整して必死に仲間に呼びかける。


「イエローを呼ばなければ。……どうして、反応してくれないんだ。このままじゃユウが死んじゃうよ……! 本職優先だなんてもう関係ないから来て、緊急事態なんだ」


 つぶらな瞳を潤ませ、涙声で必死に訴えるも一切の応答はなく無音が跳ね返る。ポイラッテは交信チャンネルをフルオープンにして必死に呼びかける。


「誰か! アルフォンス! 応答してくれ。誰でもいいからユウを助けて……! 誰か応答してよぅ」

『なんだ、オレの名前は呼ばないのか?』

「!?」


 唯一応答したクールでシャープな声は、ちょっといけ好かないライバルキャラだけどいざという時は共闘して活躍してくれるような印象。

 かつて”裏切り”を予想させた仲間、マジカルヒーロー・ブルーのバディマスコットのセルジオの声であった。


* * *


「これで大丈夫だと思うよ」


 手を拭きながら、ユウの治療を終えた青年は気だるげに微笑む。銀縁の眼鏡がインテリめいていて、ポイラッテの目から見てもとても賢そう。部屋は書籍で埋め尽くされ、付箋も随所に貼り付けられて壁紙が見えない程だ。

 かなりの勉強家らしく、パソコンの画面には見慣れぬ外国語の論文が表示されていた。

 

 ここはブルーの住むマンション。

 ユウは彼のベッドに静かに体を横たえている。おでこに大きなバッテンのマンガみたいな絆創膏が貼られている点を除けば顔色も良く、寝息も安定していて静かに眠っているようにしか見えない。

 ポイラッテはその枕元をウロウロと心配そうに彷徨う。


「軽い打ち身と、疲労による気絶だから心配いらないよ。イエローの手を煩わせるような負傷ではないね」


 穏やかでゆっくりとした口調、優し気でとろみのある甘い声は、ポイラッテの焦る気持ちを落ち着かせる不思議な効果があるようだった。だがどうしても聞いておきたい事がある。

 

「今まで何をやっていたんだ。これまでだって何度もピンチはあったのに合流せずに連絡も途絶えたままだなんて」

「ごめんごめん、寝てた。すごい怠くてさ……」

「ぐっ……まさかおまえに割り振られたのは”怠惰”か……」


 青いトカゲがぴょこっと青年の肩の上から首を伸ばす。


「でも一応、毎回駆けつけてはいたんだぜ。スーパーでの妖バグの時はブラックの逃げ足とレッドの戦いぶりが見事だったから、高みの見物をさせてもらったけども」

「そうだったのか……」

「どの時も、イエローも来ていたぜ。イエローも何のアクションもしていなかったし、俺だけが責められるのは心外かな?」

「え!? イエローが来ていた……?」


 連絡を取っていなかったブルーはともかく、すでにやり取りを開始していたイエローならあの場で合流していてもおかしくなかったはず。ユウの怪我の有無ぐらいは確認してくれても良かったのではないかとも思うのだ。


「う……?」


 思考を深めようとしていたポイラッテだったが、ユウの声に反応して慌てて顔に寄る。むにむにのほっぺで頬ずりをすると、感触が気持ち良いらしく、目を閉じたまま彼も頬ずりを返してきてポイラッテを幸せな気分にさせた。


「ユウ? 大丈夫なの」

「あれ、ここは」


 目をパチリと開けてキョロキョロと首だけで周囲を見回す。見慣れない光景に知らない人物の存在。その人物が髪をかきあげながら銀縁眼鏡を取り、青みがかったサラサラの髪を揺らしてニッコリと微笑んだ。


「はじめましてユウ君。マジカルヒーロー・ブルーの笹山だよ」

「あ、はじめまして」


 慌てて体を起こすとポイラッテが心配そうに抱き着いて来た。


「ユウ、横になってなくて平気?」

「大丈夫、おまえは?」

「僕はユウが守ってくれたから擦り傷ひとつないよ」

「そうかよかった」


 フッとニヒルな微笑みを見せたものだから、ポイラッテは顔色を変えて青年に振り替える。


「こんな優しいのはユウじゃない! やっぱり頭打ってるよこれ!」

「優しくしたらそれかよ!」


 ポコペンッと珍妙な音がしたが、ユウはいつも通り背後からポイラッテの頭頂部に手刀を叩きこんだ。


「いつものユウだった!」

 

 頭をさすりながら嬉しそうにハムスターは少年の胸に飛び込んだ。


「仲が良くていいね」


 クスクスと笹山は眼鏡を拭いてかけ直しながら笑う。その肩の上で青いトカゲが仁王立ちする。


「オレはセルジオ、ブルーのバディマスコットだ」

「はじめまして、多田ユウです」


 ユウはトカゲに対してもぺこりと頭を下げる律儀な様子を見せたので、セルジオは満足げに黒い大きな瞳を笹山に向けた。


「おい、なんでおまえフルネームを名乗らないんだよ。ブラックが年若とはいえ礼に欠けるんじゃないのか」


 青年は口元を抑えて頬を赤らめて目を逸らす。


「あーー、そうだね。ちゃんと名乗らないとだね。あの……ちょっとキラキラしてて恥ずかしくてね……」


 ごほんと咳払いをすると、右手を差し出して握手を求める仕草をユウに向け、彼は改めて自己紹介をした。


「笹山地球テラ、二十歳。大学で医学生をやってる」


 差し出された右手を握り返しながら、ユウは脳内に「テラ」の漢字が思いつかなくて、少し目が泳いでしまった。


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