第2話 禁忌の技


 晴れ渡る秋の空。


 高く青い色には心が吸い込まれそうになる。こうやって大の字になって寝そべると、白い雲が布団のように覆いかぶさってくれるのではないかと思えて幸せな気分に……なりかけたユウの目の前に巨大な黒い影。


「ユウ、避けて!」

「あ、わぁあぁあ!」


 良く通るポイラッテのイケメンボイスに、危うく意識が遠のきかけていたマジカルヒーロー・ブラックは我に返り、身体を勢いよく跳ね上げると続けざまに横に飛び、叩きつけるように落ちて来た巨体に押しつぶされずに済んだ。


 ズゴォオオオオン、という地面を鳴動させながらの轟音と土埃と風圧がユウを煽って地面にキスさせる。綺麗に顔から突っ込んだ。


「いってえ!」


 妖バグ三匹目が土曜日の朝、ユウ達の住む街に現れた。


 以前、すでに破壊され尽くしていた瓦礫エリアだったため、これといって被害は出なさそう。むしろ残って半端に劣化した建物を粉々にしてもらって、不測の倒壊を防いでもらった方が良いぐらいと行政的には判断したらしく、避難させるべき住民もいないため、妖バグが出たというのに自衛隊も警察も無駄な損害を避けるために今回は出動していない。


 そんな状態だったからそのまま放置しても良さそうにユウには思えたが、大暴れさせても被害が出ないこの場所に出てくれているうちに、出来るなら現存が確認できている妖バグを倒しておきたいとポイラッテは判断したのだ。


 ユウは「変身トランスフォーム! マジカルヒーロー」と叫んで戦闘装束にチェンジし、金色に変化した左目に被せるように一度Vサインを作り、バッバッバッとするどい風を切る音をさせながら五芒星の印を切ってから、「魔法の勇士マジカルヒーロー漆黒の常闇ブラック・エヴラースティングダークネス、参上! これ以上は秘密結社”屍の惑星”の好きにはさせない!」というお決まりのセリフで青い刀を召喚するという一連の恥ずかしい儀式を終えたのち、今ここで妖バグと対峙している。


 土曜の烈人はライブハウスのスタッフバイト。イエローは経営しているレストランで忙しい。こうなるとバイトも部活もやっておらず、学校が休みのユウが一人で出るしかない。

 正直なところ、全員が揃って戦う機会なんてないのでは? という気もしている。そもそもイエローの休みが平日だから、学生組が冬休みなどの長期休暇に入らなければ合流が難しいのだ。とんでもない正義の味方である。


 そんなわけで、一人で巨大なムカデに対峙しているのだが、今まで戦った二匹よりユウを執拗に狙う動きが機敏で攻撃が的確。

 顔から地面に突っ込んだユウは口の端を切り、僅かに流血。今作初めての出血である……! 彼は袖で顎に向かって流れる血をぐいっとぬぐうと、鉄の味が口内に広がった。


 まるで少年の動きを先読みしているようで、回避に手一杯になったユウは刀を振るう余裕が持てずにいる。


「くそう、やっぱりブルーが裏切ったのか……まるで誰かに操作されているような動きだ」


 ポイラッテがユウの苦戦を見て独り言ちる。


 妖バグの連続した攻撃を避けるために何度も地面に転がっていたせいで、ユウの黒い衣装は砂埃で真っ白になっている。髪も白髪のように見える程だ。動きも目に見えて落ち、動作は鈍い。かすり傷ではあるが出血したことで、実際に命のやり取りをしている実感がわいて恐怖もむくむくと大きくなっているようだ。


「いけない、ユウのテンションが落ちてる……」


 ポイラッテはズモっと口に手を突っ込み、頬袋からユウの黒歴史ノートを取り出すと、慌ててページを繰り始めた。


 マジカルヒーロー・ブラック。


 特殊能力を多数持ち、ヒーローズの中で比類なき戦闘能力を有するが、その分、変身やステータスアップのためにマジカルパワーを大量に消費する。ユウのマジカルパワーの源は「中二心」。疼きだす中二心がかっこよさと融合する時に膨大なエネルギーを放出する、まさに核融合のような現象がユウの中で起こるのだ! このエネルギーがマジカルパワー。ブラックの活動には必要不可欠の、地球上ではまだ解明されていない宇宙の叡智。


 今のユウは成すすべなく防御に徹する状態。かっこよくない。

 土埃に汚れた黒い衣装。かっこよくない。

 無観客、助ける相手もいない。かっこよくない。


「このままでは変身が解けてしまう……敗北は死……! ユウを死なせるわけにはいかない」


 ユウの中二心を疼かせ、それに対しユウにカッコイイと思わせエネルギーを作り出すのが肝要なのだが、先日の七つの大罪の話以降、ユウはデフォルトでテンションが低めなのだ。つまり羞恥心が中二心を上回っている状態。このままではユウのマジカルヒーローの魂とも言える中二心が恥ずかしさのあまり消えてしまいかねない。


「ユウ! 今から僕の言う通りに動いて」

「!? 何かいいアイデアがあるのか。わかった!」

「大きく円を描くように移動して! 刀で地面に大きな円を描いて敵を囲うんだ。悪魔ディアボロス魔方陣マジックサークルを使おう」

「な、なに……あれは禁忌だぞ……」


 ポイラッテの思わぬ指示に、ユウの動きが止まる。すかさずそこに妖バグが体を捻りあげて襲いかかってきたが、先程まで緩慢な動作になるほど疲れていたとは思えない機敏さで彼は避ける。

 スタっと軽快な音を立てて地面に降り立つユウに、先程までの弱々しさはすでにない。

 その姿にポイラッテは会心の笑みを浮かべそうになったが慌てて顔をひきしめ、必死の形相を作り上げて叫ぶ。


「もうそれしか手はないんだ!」


 ユウは下唇を噛むとポイラッテの指示通り、刀を使って地面に円と模様を描き始める。敵の攻撃を避けながらではあるが、明らかにテンションを上げたユウの動きは途端に良くなった。上手い具合にマジカルパワーが放出されているのだ。


――悪魔ディアボロス魔方陣マジックサークル


 ユウの黒歴史ノート十八ページ目に綴られているそれは、前世のユウのみが使う事を許された暗黒魔法。魔方陣に囲われた命をすべて吸い尽くし、屠る禁忌の技。代償にユウ自身の命をも削り、全身のすべての穴という穴から血が噴き出すような状況を作り出す。

 ユウは前世で因縁の相手にこの技を使い、黒い衣装と鮮血をまとい、「おまえなど我が敵ではない」と言いながら哀愁を湛えたクールな表情で瓦礫の上に立っていた――という設定である。


 魔方陣を描くためのユウの行動は今までと全く違い、攻撃でも回避でもない動き。そのため妖バグは混乱した。次の動きが全く読めなくなったようで頭を持ち上げ、ユウの姿を追うのに精いっぱいになっている。


 少年の目にそれは、魔方陣の力が発動したように見えた。魔方陣によって動きを縛られているのだと感じたのだ! 実際のところは地面に単に落書きをしただけで、特に効果はない。


――うぉおおかっこいぃいいい!!


 顔には出さないが、自ら描いた魔方陣が巨大な敵の動きを縛る様は、ユウのテンションを爆上げし、中二心とかっこよさが連鎖して暴走融合を開始。体にまとわりついていた砂埃も土埃も全てマジカルパワーで弾き飛ばされ、本来の真っ黒な衣装を取り戻したユウは、渾身の力で青い光を放つ刀をムカデの頭部に叩き込む。


 フルパワーのマジカルヒーロー・ブラックの攻撃を前に、妖バグは縦半分に分断され、切り口の青い閃光が収まると同時にずるりとずれて左右それぞれに倒れ込んだ。


「「あれ?」」


 ポイラッテとユウの声がハモる。


 虫を巨大化させたはずの妖バグの切り口に色々な金属やコードが見え、バチバチと所々で火花を上げていた。


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