第6話 はちみつ色の真実


「助けに……行こうか。おまえの大切な人なんだろ?」


 ユウは立ち上がりながら、心配のあまりに涙目になるポイラッテを見下ろす。その声は絞り出されたものだった。


「ユウも一緒に行ってくれるの?」

「あたりまえだろ、相棒」


――そうだ。こいつと俺はバディだしな。


 婚約者は便宜上のもの。そもそも恋愛感情なんてないのに、心が乱された感じになるのがそもそもおかしいのだと、少年はもやもやした気持ちを封じ込める。ポイラッテの顔が一気に明るく輝いたのを見て、それが正しい判断だったのだと納得もする。

 結社を地球から追い払うまでの付き合い。それだけなのだ。


「ハニーはイエローのバディマスコットだよ。まさかこんな事になっていたなんて」

「こんな事?」

「とりあえず本人に直接会わなきゃ。バイトが終わったみたいでレッド達も来てくれるって」

「わかった」


 ポイラッテの特別な相手と会う時に二人きりではない事に安堵を覚える自分に、ユウは平静を装いつつも混乱していた。



* * *



「いい所に住んでるなーーー!」


 右手を敬礼のごとく額にかざし、演技じみた遠くを見るポーズをした烈人れつとが言う。アルフォンスも羽根を同じポーズにして、赤い髪の上に乗っかっているが日が落ち始め、街灯が灯り始める時間なので鳥目には何も見えてはいないようではあった。目を細め厳しい顔をしていて、明らかに何も見えてないけどかっこをつけて見てるフリをしている感じだ。


「この時間ならイエローが仕事で留守だから、今のうちに行こう。この流れだと、裏切り者はあいつという事になりそうだ」


 等と言う声の主は、なぜか当然のごとくいる笹山で、セルジオも肩の上で同じ方向を見つめている。


――この人、本当に怠惰なんだろうか……?


 ユウは、さりげなく自分の真横に立ちしれっと腰に手をまわして来るブルーを、持ち前の反射神経でさっと回避した。ブルーのいかがわしい行動も、マンションを見上げているポイラッテは気づかない。

 なんとなくそれを寂しく感じる自分に気付いて、少年はシャツの胸元をぎゅっと握ると、笹山が心配そうな眼差しで見つめつつ「さすってあげようか?」等と言うから全力で首を左右に振る。油断をすると胸をさすられるついでに色々されてしまいそうだ。そう、色々だ。


 どういう手段を使ったのかパスワードをすでに入手していたらしい笹山は、オートロックのエントランス自動ドアを華麗に開ける。そのままエレベーターに乗り込み八階へ。イエローの自宅だという八〇一号室の前に立つ。


「ハニー、開けられるかい?」

『うん』


 通信機ごしの少年の声と同時にかちゃりと内側から鍵の開けられた音がしたので、一呼吸おいてそっとユウはドアノブに手をかける。扉は抵抗なく開いてしまった。この先にポイラッテの大事な人がいると思うと、妙に緊張する。


 扉の向こうの檻には、ちょこんと座っているかわいいウサギがいた。

 色は全体的に黄色。頭と耳、背中側は上からとろりとカラメルシロップをかけたように茶色。麻呂眉。首のまわりはマフを巻いているように白いフワフワ。黒いつぶらな瞳とぴこぴこ上下する逆三角形の鼻。ほんのりピンクの口元。


――こいつがバディマスコットの中で一番かわいい!!


 ユウは、ほんの小一時間前までポイラッテが一番可愛いと思っていたことを高速撤回した。この可愛さなら仕方ないとも。ポイラッテと同じげっ歯類、お似合いでもある。


「ハニー!」

 

 ハニーと真っ先に呼んだのはポイラッテはなく、何故かセルジオだった。笹山の肩から飛び降りるとカサカサと廊下を走り、檻の隙間から入り込んでウサギのマフにもふっとめり込む。


「ああ、セルジオ久しぶり。ごめん、私はひどいミスをしてしまった」

「こんなに痩せてしまって。イエローは世話をしてくれないのかい」

「……”嫉妬”の力が足りないんだ……活動のエネルギーが確保できなくなってしまって……。ポイラッテがチャージしてくれなかったら危なかったよ」

「とりあえずイエローが帰宅する前にここから出て……」


 アルフォンスが言いかけたその時だった。


「おまえたち、そこで何してるデス!?」


 背後からしたカタコトの叫びは、マジカルヒーローイエローことジョンのものだった。

 全員に緊張の色が走り、真っ先に反応した烈人れつとがマジカルヒーローに変身しようとした刹那、部屋の壁がぐにゃりと歪み飛び出した触手が彼の体に巻き付き、完全に壁に固定した。


「ぐっ」

烈人れつと!」


 触手を引きはがそうと駆け寄ったユウも、逆方向から伸びた触手に巻き取られ、体が宙に浮く。

 赤黒く、粘液を垂らす多数の触手がウネウネと壁から、天井から、床から……内臓的でめちゃくちゃ気持ち悪い! と目を逸らそうとしたけど、全方位キモ触手にマンション室内は埋め尽くされており、目線を下げて床の方を見ると、両手を胸の上に組んで安らかに眠るように笹山がキモさのあまり気絶して行くのが見えた。


――あんた医者志望じゃないのかよ!!


 ジタバタと足をばたつかせつつも、拘束されて全く身動きができない。ぬるりとした触手がぎゅうっと締め付けて来て、呼吸もままならないほどだ。「触手って、もっとえっちな物だと思ってた」等と反射的に考えてしまったユウは、とても情けない気分になっている。

 気づけばポイラッテも触手に囚われ、アルフォンスは薄暗い部屋の中、良く見えないままランダムにとびまわり、自分から触手に突っ込んでいってしまった。


「……おまえたち、ワタシの留守中に何をしようと? まさかワタシのハニーを奪いに来た……?」

「スイートハニーはおまえの所有物じゃない! 僕たちは裏切り者から彼を助け出しに来たんだ」

「そうだぞ、ハニーは我々の大切な仲間だ!」


 ポイラッテ達が次々にイケボで叫ぶ。

 そしてユウは気づいた。


――スイートハニーって、あのウサギの名前かよ!!


 状況が好転したわけじゃないのに、ユウの心に渦巻いていたもやもやが一気に晴れていった。


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次回予告:https://kakuyomu.jp/users/cyocorune/news/16817139555657891595

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